二十八部衆
■二十八部衆について
仏教は、しだいに広まる途上で、当然のことながら、印度教の神々や各地の土俗神を吸収した。彼らは仏法守護の下級神として、四天王、天竜八部衆、十二神将、十六善神、二十八英文将軍等に組み入れられた。特に戦斗神たる英文悪鬼の類、荒神たるヒンズー神などは、悪を斥ける守護神に変身するのに恰好の神格であった。
一方、観音信仰が広まるにつれ、『法華経普門晶』の数多くの化身として、これら諸鬼神が起用されたが、その傾向が、『金光明経』鬼神品に登場する六十を超える鬼神などと相まって、遂に唐代七世紀頃の『千手陀羅尼経』に見られる、五十に近い千手観音の巻尾群へとまとめ上げられたのである。観音菩薩の救済能力の広さを、一方では「千の手」で、他方では春属たちの数で表したものである。
二十八部という数は、西域敦燈や高昌の通例では意識されていない。二部・六部から多くて三十二部の巻尾をもつ作例はあるが、「二十八部衆」の観念は、平安末期の日本ではじめて定着したものの様である。
千手観音二十八部衆は、天竜八部を土台にして、二十八薬叉をかさねているが、梵語の書写名が多いため誤解を生じ、又印度から伝わった鬼神名が膨大であるため二十八の撰択にも異同があつて、構成要員は一定でない。三十三間堂の作例は最も代表的なものであるが、その後の標準とならず、名称・像容に興味深い問題が多く残っている。
二十八部に風神雷神を加えた三十娠を、普通「二十八部衆」と呼んでいる。各神の配列の順序は一定していないが、いくつかのグループに分けることは出来る。
①大梵天王
②帝釈天 釈提桓因(しゃくだいかんいん)ともいう。ともに印度教(ヒンズー)の神で、仏教では一対に扱われる。梵天は印度教三大神の一で創造神であり、帝釈(インドラ)は、古くは最高神とされたこともあったが、のち 雷神にまで下落した。
③魔藍首羅王(まけいしゅら) 大自在天。印度教三大神の一、破壊神たるシヴァ神の異名である。三眼多菅、三叉戟 をもち、牛を連れているというシヴァ神の特徴が全く失なわれている点、 この命名は疑問である。
④那羅延堅固(ならえんけんご) 那羅延天、毘紐天。
⑤密遮金剛(みっしゃこんごう) 執金剛、伐折羅(バサラ)大将。 右の二つは一対で所謂仁王と称される守門神である。那羅延は印度教三大 神の一、ゲイシュヌ神の異名で、本来その地位は高いが、仏教内ではゲイ シュヌの性格を失っている
⑥大井功徳天(だいべんくどく) 弁財天および、功徳天(吉祥天)の二女神が一神とみなされているが、像容は功徳天である。
⑦婆薮(ばすう)仙人 中央アジアの壁画や絹本の千手観音図の中では、常に功徳天と対をなして登場するが、その理由は不明である。
⑧神母(じんも)天王 詞梨帝母、鬼子母神。 本来鬼神の一であるが、ここでほ天部に入っている。像容に鬼子母神の特徴は見えない。
⑨昆沙門天 北方多聞天。
⑩東方天 堤頭頼咤、持国天。
⑪毘桜勒叉(びるろくしゃ) 南方増長天。
⑫毘楼博叉(びるばくしゃ) 西方広目天。 以上四天王は、本来アーリヤ以前の土俗の悪鬼(薬叉)であったが、早くから仏教の四方守護神としてとり入れられた。BC二世紀のバールフート の欄楯彫刻に、毘沙門薬叉の銘をもつ通例がある。毘沙門は別名クべーラとも云い、財神たる大黒天の原型である一方、英文軍の主としても知られ、西域に広く尊崇されていた。また四天王に言及する経典は数多い。
⑬沙羯羅(しゃかつら)王 大海竜王。
⑭難陀龍王(なんだりゅうおう) 歓喜竜 いずれも八大竜王の一で、天竜八部の内の竜部に当る。竜(ナーガ)は印度ではコブラを意味したが、中国的竜と混同されたのちは、水を司さどる神とされた。沙掲羅王像には「竜」化される以前の「蛇」の形が残っている。次の一五から二〇までは、天竜八部の第三、薬叉 (夜叉、鬼神) に当たるものである。
⑮満善車王 『孔雀明壬経』の東方四薬叉の一、プールカを指すか不明。「満善・ 車鉢・頁陀羅」と三英文を列記した『千手陀羅尼経』の経文を一英文と誤解し、略して満善車としたかとも思われる。像容は竜王である故、命名に は混乱があるようである。
⑯満仙人 像容は「仙人」ではなく「薬又」であり、また「満仙人」なる名が、他のどこにも見出せない点、前のp雪盲・bhadra(満賢英文)と、本来同一のものと思われる。
⑰金大王 ma阜bhadra(○ 宝賢英文。 この名も三十三間堂にのみあり、宝賢英文を指すか否か不明。あるいは伝 説の大王、「金輪聖王」 の転じたものか。 こんぴら クンピーラ一入、金毘羅王 kumbF串a 宮批羅。十大薬叉の一、また十二神将の一。 クンピーラ 「わに」が神格化された薬叉。 さんじ サンジャヤ サンジェニエーヤ サンチントヤ完、散支大将 SaヱayaまたはSa旦芳ya、Sa賢呂.tya 散脂、僧慎爾耶、正 了知大将。二十八薬又大将の首領として経典にしばしば登場する。『金光 パンチカ 明経』はその代表的なものである。鬼子母神の夫の半文迦と混同されるこ とが多いが、元来は別なる薬叉である。 ぴばから ゲイカラーラ二〇、毘婆迦羅王 くika蒜-a 批掲羅。十二神将の一。恐らく 「婆」 字は誤リ グイバー・カラ であろう。太陽を意味するく詳h甲kaHaと混同されたのかも知れない。 けんだつば ガンデル〟ソ7三、乾闊婆王 g呂dhPrくa 天竜八部衆の第四。東方天に属し天空に住む音 楽神の一群を指す名である。三十三間堂の像は楽神でない。むしろ神母天 像がこれに当るようである。 あしゆら アス一アニ二、阿修羅王 asura 天竜八部の第五。印度教で、古くから諸天と争う悪 鬼群とされていたが、仏教に入って、一方では護法の神、他方では六道の一の修羅道となつた。。ヘルシャのアブエスタで善神アフラ・マズダとして 名高い神と同起源である。 かるら ガルタ コプラ二三、迦楼羅王 g胃u合 金麺鳥王。天竜八部の第六。鳥頭人身、竜を常食 にすると云う。蛇を喰う鳥の神格化であろう。印度教ではゲイシュヌ神の からす 乗物として有名である。日本の烏天狗に影響を与えている。 こんじきくじやく マハー・マーユ=リー二四、金色孔雀王 m旨甲may賢叫 迦楼羅と一対で表現されるのは、人に恐れ られるコブラを喰う孔雀の神格化だからであろう。・密教では孔雀明壬とし て高い地位を得る。木像容には孔雀王の特徴はない。 きんなら キンナラ二五、緊那羅王 kinnPrP 非人と訳す。天竜八部の第七。半人半鳥の音楽神 で、馬首一角をもち、もとは乾組婆の一種であったが、仏教では天竜八部 の一部に立てられている。 まごら マホーラガ云、摩喉羅王 mahOrag四 大腹行、大塀蛇と訳す。天竜八部の第八。大蛇 の神格化。十二神将の一たる摩虎羅と同じか。 以上で天竜八部は終る。二七、五部浄 梵名(?)。二十八部衆三十躯のうち、素性が明確でないもの には、音写名でなく、翻訳名を持つものが多い。恐らく翻訳名のものは後 代に成立したのであろう。一「千手陀羅尼経』に「五部浄居・炎摩羅」と、 ヤマ 閣魔(yama)と並べ、五部浄居は上天を、閣魔は下地を支配すと註釈に 云う。従って天部に所属すべきであるが、印度起源は未詳である一 マハー・バラ・セーナ・パティ天、摩和羅女 mPh甲ba-a(・SenP・pati)~ 大力将軍女。正体不明である。 スチマー・マハー・パラ・セーナ・パティ 『千手陀羅尼経』の「薩遽摩和羅」がsucim甲mah甲ba-a(・S2n甲pati) す なわち『孔雀明王経』の八大羅剃女の一、蘇試磨を指し、それを略して云 うのであろうか。 〝ソアーユニ九、風神 畠yu 風天。護世八方天の一、十二天の一。 〟ソアルナ三〇、雷神 くaru】盲(〇 水天。右に同じ。 この一対は、その名称、特に像容に印度的・中国的なものを残していな い。恐らく変化の激しい日本の天候の影響で、強く日本化を受けたのであ ろう。風神の起源をヴアーユに求めるのは良いとしても、雷神は印度では むしろインドラ (帝釈天) かシヴァ (摩醍首羅)的である。しかしヴアル ナは元来水天とは云え、印度叙事詩では水界の主、すなわち竜種の王であ り、竜が中国・日本では雨を司どる神とされていることから、天候を支配 する雷神に性格を変えたとしても不思議はない。この二天が[金光明経』 など、また八方天、十二天にも、常に名を連ねている点からも、雷神の起 山ワァルナ 源は水天と考えられる。ビ千手陀羅尼経』に「水雷火電」とあって、一神、 二神、四神いずれにもとれるが、これを天候神と理解し、風神・雷神の二 神に分けて、日本的表現を与えたものであろう。
(山口明爾)
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