賞花亭

148

 松琴亭の西面は切石で直線的に構成された舟着で,珍しく自然石の少ない部分である.ここから先の池水には,御殿の拡張工事に伴って新しく拓かれた部分もある.道は螢谷へと向かうが,ちょうど逆光になるので行く手は蔭となり,それゆえにいっそう奥深い谷に入って行く思いが生れる.やがて突当りで道は3つに分れるが,いちばん右手,谷をまたいで架けられた土橋を渡ると道は急に険しさを増し,賞花亭のある山へと登って行く.再び北へと折返して行く坂道の眼下に松琴亭の屋根が望まれることで,高きに在る思いがさらに強められる仕組みである.

151150150-1 151-1 152 152-1153-1153154155

この賞花亭のあるつつじ山も池を掘った際の土によると思われるが,文献はかつて山上小事があったことを伝えている.これはおそらく,山頂にあって四方をあまねく見渡す遍界一覧の亭の系譜に繋がるものであったろう.しかしそれが失われた後,今出川の本邸の龍田井の近くにあったものを移築したこの亭は,やや低く池の眺めに向かって配された.

156157-1157

 趣きとしてはもちろん峠の茶屋の思い入れであり,平面は2間に1間半,中央に竃土を配し,その周囲に「コ」の字型に畳座の回された吹放ちの亭である.秋の紅葉のときは,白と紺で「たつたや」の文字を仮名と漢字で交互に染め抜いたのれんを軒端にめぐらして,さらに趣きを添えたという.ごく簡素な造りのものではあるが,造り付けの水屋棚や流し,竹の本数を微妙に変えた下地窓など,よく見るといろいろ趣向が尽されていることがわかる.柱はくぬぎの皮付,腰掛の背は蒲で,ここでその名の示す通り,春は桜,秋は紅葉の景が賞されたのであろう.

 この賞花亭のある位置は水面から7メートルほどの高さでしかないが,演出の妙によって,はなはだ高所にある感じがする.ここから古書院の方向へ一直線の坂を降りかかると,まったくはじめて,左の新御殿から右端の古書院,さらにはその右の月波楼に至るまでが,大きな広がりを見せて視界に入ってくるのである.