イメージの力

■プロローグ―視線のありか

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 世界各地から集められた仮面の数々。人は、不意に仮面と出くわしたとき、一瞬、身動きすることもためらわれるような心の震えを感じる。自らは、仮面の背後にいる者を見ることができないのに、仮面に一方的に見られるという感覚。観客は、圧倒的な仮面の視線にさらされることで、我が身に迫りくるものとしてのイメージを体感する。作品=イメージを見る場から、イメージと人との間で、見る・見られるという相互作用の成立する場へと変貌することになる。

第1章 みえないもののイメージ

1-1. ひとをかたどる、神がみをかたどる

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 世界には、眼に見えないものを視覚化した造形が数多く存在する。人間は、眼に見えないものにイメージを与え、それと関わることで、見えないものの力をコントロールしようとしてきた。神がみや精霊のイメージは、こうした人間の意思を反映したものだといえる。人びとは、自らの身体に似せて神がみのイメージを視覚化し、生きるための縁(よすが)としてきた。この章ではまず、人のかたどりをもとに、神がみをかたどろうとした試みの跡を、世界各地の造形にたどる。

1-2.  時間をかたどる

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 眼に見えない力の持ち主たちの行為や過去の英雄・祖先たちの事績は、また、人びとの語りの中で伝えられ、それがイメージの中に組み込まれている。神話や伝承をイメージに定着させる試み、つまり物語を視覚化する試みは、いわば、時間にかたどりを与えるものともいえる。この「みえないもののイメージ」では、仏伝図やキリスト教のイコン、オーストラリア・アボリジナルの人びとの樹皮画など、世界各地の時間をかたどる営みの数々を広く見渡してみる。

第2章 イメージの力学

2-1.光の力、色の力

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 光り輝くもの、色鮮やかなものは、世界のさまざまな地域で、聖なるものを指し示したり、常人と異なる力や富を有する者の徴として用いられてきた。また、光り輝く鏡や金属が、邪悪な力を跳ね返す力をもつものとして用いられることも、世界各地で確認されている。鏡や金属が容器の表面に取り付けられてその中に納められたものを守り、金・銀の装身具や衣服をおおう金糸・銀糸の刺繍飾りが、それを身にまとうものの身体を守るとされる。そこには、光に対する、文化を超えた共通した反応がうかがえる。

2-2.高みとつながる

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 文化を超えて共通したイメージといえば、高く見上げるような造形が、高み=他界とこの地上をつなぐ働きをするという例が、地球上に広くみられる。それは、視る者の視線を上方に導き、死者の霊や精霊を高み=他界に送り出すというイメージを生み出したり、あるいは神霊の依りましとして、神がみがこの地上におりたつ回路とされる。ニューギニア島西部、イリアン・ジャヤに住むアスマットの人びとが精霊堂の前に建てるビスのポールや、カナダ北西海岸先住民のあいだにみられるトーテム・ポール、さらには日本の神事に用いられる御幣などに、はるか上方の世界とのつながりを求める人びと。

第3章 イメージとたわむれる 117112110

 人間は、特定の目的をもって形を作り出すだけでなく、イメージを生み出し、享受すること自体に歓びを見出してきた。たとえば、アフリカ・コンゴの民族クバの女性の手になるアップリケ布には、穴をふさぐというアップリケの実利的な目的を超えて、作り手の創意工夫の跡がはっきりとみてとれる。そのアップリケの模様を、他処の者が見て楽しさを覚えるとき、やはり私たちは、文化を超えたイメージの効果を共有していると言ってもよいのではないか。作り手が独自のイメージを生み出すことに歓びや楽しみを見出していることが私たちにもうかがえる例が、世界各地から集められている。

第4章 イメージの翻訳

4-1.ハイブリッドな造形

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  人、モノ、情報の移動と接触・交流によって、それまでになかった慣習が創出され、新たなイメージが生み出されることは、地域の別、時代の別を超えて、あらゆる場面で目にすることができる。この章では、文化の交流の結果生み出されるハイブリッド(異種混淆的)な造形に着目し、外の世界のイメージを取り込むことで、新たな表現が生み出されていく軌跡を確認する。他者との接触により、自己と、自己の文化を創り出していくという営みは、人類に普遍的な機制である。

4-2.消費されるイメージ

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 今日のグローバル化した社会の中では、大量のイメージが生み出され、複製され、商品化され、消費されている。商品として流通することのみを目的に制作されるイメージの大量の出現は、現代が生み出した特徴的な現象のひとつ。セネガルやヴェトナムで観光客用のお土産として売られているブリキの玩具は、世界中で商標が知られた飲み物の空き缶を用いて制作されている。それは、大量消費社会を背景に生み出されたポップアートを想起させる。そこには、間違いなく、20世紀後半以降の世界全体の社会の在り方が投影されている。

■エピローグ―見出されたイメージ

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 人間が作り出したイメージは、必ずしも地域や文化を超えて同じように受けとめられ、解釈されるわけではありません。イメージはしばしば誤解され転用され、時には、まったく新たな意味を与えられることもある。じつは、それは新たな文化を創造するメカニズムのひとつでもある。ここでは、あらゆるものを「作品」化する美術館のセッティングを利用して、博物館に「資料」として収められてきた器物を、現代美術のインスタレーションの手法で展示している。それは、イメージが常に新たな意味づけに対して開かれていることを示している。展覧会のエピローグに当たるこの章は、イメージと私たちの関係を今一度相対化し、見つめなおす場として設けられている。