8.記憶の痕跡と武器アート

■《いのちの輪だち》(2012年)をめぐって

山田由佳子(やまだゆかこ)

 ものの移動と時間の流れ、そして複数の人びとの交わりは、新しいイメージの創出の原動力である。私たちが生きる世界では、さまぎまなことがめまぐるしく動き、接触する。イメージには、そうした痕跡が多様な顔をのぞかせながら私たちに働きかけ、想像力を作動させる力がある。ここで私がとりあげる≪いのちの輪だち≫(2012年)[図版下]は、まさに、現代社会におけるものの移動と時の流れを多声性をともなって想起させることのできる作品である。

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 モザンビークのアーティスト、フィエル・ドス・サントスとクリストヴァオ・カニヤヴァート(別名‥ケスター)が制作したその作品は、自転車に乗る親子と彼らと併走する小さな犬の立像からなる。

 人物や自転車などのフォルムを形成する細かいパーツの複雑なかたち、その質感、そして色といった造形的な特徴によって、かつて何かに使われた機械的な部品を素材として作られていることは一目で理解できるだろう。この≪いのちの輪だち≫は、元来芸術に用いられることを想定しないで製造されたものや自然界に存在する素材を「組み合わせる(assembler)」ことによって作品を制作する「アッサンブラージュ」の系譜に位置づけられる。しかし、それは不特定に選ばれた廃物を単に組み合わせたものではない。実際に作品に近づいてみると、ある特定の素材によって作られていることに気づくその素材とは、使用済みの銃である。解体された銃器のなかには1948年に旧ソ連軍により制式銃として採用され、1950年代以降、世界各地の紛争や内戦の現場で使われたかの有名なカラシニコフ(AK47)も多く含まれる。モザンビークが内戦状態に置かれていた20年近くのあいだに、数多の死者を生み出してきた小さな大量殺人兵器のパーツから《いのちの輪だち≫が作られていること、このことを視覚的に認識するとき、そこから複数の時間、そして記憶が観者の前に立ち現れるのである。

 ≪いのちの輪だち≫には、合計で100丁以上の銃が使われている。そうした大量の銃のパーツは溶接によって組み立てられ、人間の頭部や身体の丸みから指先、さらには犬の尻尾までが形作られている。複雑で多様な武器のパーツを用いて人間や犬のもつ曲線的なフォルムを立体的に再現するには、大量の部品とそれを巧みに組み合わせる工夫や技術が求められるだろう。数多くの部品の集積とそれにょって可能になる重量感を感じさせるフォルムによって、自転車に乗る親子の身体が表現されている。子を背負った母親が自転車の後部に腰掛け、自転車のハンドルを握り締めた父親が片足を地面につけながら前傾姿勢をとって前へ踏み出そうとする姿。それ自体はどこにでも見られる光景である。自転車に乗る彼らの手足は太くたくましい。そこには、何気ない日常の一コマに垣間見える人間の力強さすら感じられる。

 しかし、作品に近づき親子の身体を凝視すると、銃に残る使用時の傷が確認できる。傷という現実世界の物理的痕跡が造形作品に残されていることの意味を問うとき、チャールズ・S・パースの記号論は有効な思考の枠組みを与えてくれる。パースは、記号を「シンボル(象徴記号)」、「イコン(類似記号)」、「インデックス(指標記号)」に分類した。端的に述べれば、記号とそれを解釈する側とのあいだに共通する約束があることで成り立つのがシンボルであり、現実のモデルとの類似関係に基づくのがイコンである。そして、現実における物理的な接触という指示対象とのあいだの実存的関係を基盤にするのがインデックスであり、これは実在の出来事、もしくは事象を直接的に指し示す極めて物質的な記号であるが故に、造形作品に取り込まれるとき、作品を介して観者と現実世界とを直接的に結ぶ役割を果たすことになる。

 ≪いのちの輪だち≫が、傷を留めた古い銃器で出来ているということをこの記号の枠組みに照らし合わせると次のようなことが言えるのではないだろうか。この作品を構成する解体された銃に刻まれた傷は、銃や刃物を向けられた人びとの身体に刻まれた傷跡のシンボルないしは、時にイコンとして機能する。しかしその一方で、それは殺教行為が繰り広げられるなかで実際に銃についた痕跡であるが故に、インデックスとして現実の争いの場面を現前させることなく表現する、もしくは観者に呼び起こさせるのである。

 しかし、この《いのちの輪だち≫という作品には、銃の使用時の状況のみが物理的な痕跡を残しているのではない。解体された銃器の各パーツには解体作業とその溶接作業時に付けられた跡も残る。それは、武器の解体に関わる人びととそうしたプロセスの後に作品を制作する作家それぞれの作業の記録にほかならない。《いのちの輪だち≫に残された複数の物理的な接触の痕跡は、銃の使用時の状況を伝えると同時に、そうした銃が回収され、作品として生まれ変わるときのプロセスまでも伝えるのである。そのプロセスがいかなるかたちで観者に受容されるかは想定不可能である。傷を留め、錆すら残る銃器は、それが使用されていた時間、解体時の時間、そして制作時の時間といった複数の時間を想起させるものとして存在する

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 さらに、作品がアッサンブラージュという手法によって制作されている点にも目を向けてみたい。彼らの身体が大量の銃器の集積でできあがっていることを考えるとき、どれだけの銃が使われ、それによって、一体何人の死者が生み出されていったのかという問いが、銃のパーツの集積がもたらす彫刻の物理的な重さとともにのしかかってくるだろう。≪いのちの輪だち≫の制作に使われた銃の数は、そのままこの銃の使用者の数、そしてこの銃によって生み出された大量の死者の存在を思わせる。

 しかし、銃の数が殺戮や死者と結びつく一方で、この作品が「解体された銃」の集積であることに意識をむければ、別の風景も見えてくる。≪いのちの輪だち》は、戦闘終結後残された大量の武器を回収して作品を作り上げることによって、武装解除を進めるとともに、アートの力で社会の安定化につなげるというプロジェクトの一環のなかで作られたものだ。解体された銃の集積は、残された銃を回収して集めるという行為を虚構の類像としてではなく、まさにそれ自体で直接的に語るのである。さらに、この作品では、多くの武器を用いて表現された親子机銃で組み立てられた自転車に乗るという光景も重要である。この作品の制作にあたっては、NPO法人えひめグローバルネットワークが日本国内で集めた放置自転車をモザンビークに送り、武器と交換をしてきたという経緯から、家族が寄り添って自転車に乗る光景によって、平和の訪れた生活の中で生きる人びとの姿を表現することが目指されたそうだ解体された銃で出来た自転車は、モザンビークの人びとが平穏な暮らしで手に入れたものとその獲得のプロセスを物語る。すなわち、ここでは、長らく続いた内戦とその終結、そして、新たな時代への前進という一連のプロセスを物理的な痕跡と集積によって読み取ることが出来るのである。

 こうして内戦の時代から現在までモザンビークの人びとが辿ってきた道のりを作品と対峠することによって確認するとき、自転車に乗る親子と犬という何気ない光景は「いのちの輪だち」として私たちの前に現れる。それは、無数の傷跡と溶接の跡、そして解体された銃器の集積によって、モザンビークの内戦から戦争終結後のときの流れとそこに生きた人々の記憶、さらに現在の姿を輪のように関係づけて、私たちに運ぶのである。

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■参考資料


吉田憲司2013「武器をアートに』展によせて」、クリストファー・スプリング  

2013「『武器の玉座』から『いのちの木』へ」、竹内よし子

2013「エコ&ピース・プロジェクト一日本からモザンビークの平和構築を支え」、以上『月刊みんぱく』第37巻第10号通巻第433号、PP.2−6、国立民族学博物館

また、武器アートの活動を支えるえひめグローバルネットワークのウェブサイトでは制作時の記録が写真として残っており、作品制作の様子を知ることができる。 

松本仁一2004『カラシニコフ』朝日新聞社

パースの記号論については以下の文献を参照した。  

内田種巨編訳1986『パース著作集2 記号学』勃葦書房

現実世界の痕跡が美術作品に残されていることを考えるにあたっては、主に以下の文献を参照した。  

尾崎信一郎編2004F痕跡一戦後美術における身体と思考 京都国立近代美術館、香川橿2012『想起のかたち−記憶アートの歴史意識』水声社