7.精霊世界とつながる

■アボリジニの儀礼用ポール

窪田幸子(くぼたさちこ)

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 オーストラリアの首都、キャンベラにある国立美術館で、「メモリアル」(The Aboriginal Memorial,  1987−88)と名づけられたインスタレーションを初めて見たときの衝撃は忘れられない。1988年のオーストラリア移民開始200年記念に合わせて43人のアボリジニのアーティストによって作られたこの作品は、美術館の一部屋を占有する大がかかりなもので、この国の北部地域に特徴的な絵画で表面を埋め尽くされた、直径30センチほどの高さ1メートルから1メートル30センチほどの円筒状のポールを200本並べた、大変に印象的な作品だった。一見すると、美的に美しい作品である机その一つひとつのポールがオーストラリア北部のアボリジニであるヨルング(Yolngu社会の文脈では棺(ひつぎ)であることを知っていた私には、この作品に込められた抵抗のメッセージが直接的に強く感じられたのだった。オーストラリア入植がはじまって以降の200年間に収奪され、犠牲になり、殺されてきたアボリジニを象徴するという強いメッセージである。

 この作品に使われた棺は、大陸北部にあるアボリジニの土地、アーネムランドの北東部を領域とするヨルングの人びとが伝統的に作り、使ってきたものである。1900年代にキリスト教ミッションがこの地域に入り、葬儀の一部が変化し、現在では西洋風の棺で土葬をおこなうようになっている。しかし、それまでは、ヨルンゲの葬儀は以下のようにおこなわれるものであった。

 人が死ぬと、まず高床の小屋がつくられる。そこに遺体を置き、一昼夜葬送の始まりをあらわす歌を歌ったのち、人びとはその村を離れる数カ月から半年ほどたって戻り、骨を回収し、ひとつつみにまとめる。遺族がこれを持って再び村を離れ、それから1年ほどのあいだに、葬儀の場所やリーダーを決め、あらためて葬儀がはじめられるのである。ときには数週間にもおよぶ葬儀では、死者の魂を精霊がすむ永遠の島、ブラルグ(βurraluku)へと送り届けるための歌と踊りが繰り返される。そして葬儀の最終段階に骨は赤い顔料で塗られ、棺に納められる棺は、立木の内部をシロアリが食べて空洞にしたものを利用して作られる、直径20センチから30センチほど、高さ2メートルほどのものである。表面には、死者が属する父系氏族集団の神話を表す文様が描かれる。この棺を村はずれに立て、葬儀は終了するのである。

 棺を空に向けて立てることには、そこから魂が空にむけて飛んでいき、永遠の精霊の世界にもどっていくという考えが背景にあるという。棺の上部にしばしば穿(うが)たれている丸い窓は、魂の出口なのだと語る作者もいる

 このような葬送儀礼も、彼らの世界観を背景としている。アボリジニは、創世神話にもとづく壮大なドリーミングとよばれる世界観をもつことで有名である。それによれば、人間がこの世界に生まれる以前、永遠の世界からやってきた精霊たちが、大地を旅してまわり、さまざまな出来事に出合い、さまざまな行動をし、それが現在の世界を形づくり、動植物、そして人間をつくりあげた。これらのすべてに名前を付けて秩序を与えたのも精霊たちとされる。この精霊たちの旅によって、現在の人間の氏族集団は生み出されたのであり、それぞれの集団は、それぞれに自分たちと自分たちの土地の成り立ちについての神話を所有している。葬送やそのほかの儀礼ではこのような神話の内容がうたい、踊られ、身体装飾として象徴的に描かれる。

 ヨルングの人びとの場合、この精霊の住む永遠の世界は、東方のかなたにあるブラルグとよばれる島であるとされている。ワンガル(Wangarr)と彼らのよぶ、精霊の活躍した時代に、精霊たちはこの島から船に乗ってやってきた。そして、空を飛んだり、地下の水脈を通ったり、歩いてヨルングの地を旅した。ヨルングの人びとは、氏族集団の創世の物語りに基づき、トーテミズムとよばれるような特定の場所や、動植物との強い紐帯をもつ。このような神話世界との強いつながりによって、死者の魂もまたこのブラルク島に戻ってゆくのである。精霊たちは永遠の生命をもつ存在で あり、自由に姿をかえ、世界を動き回ることができるとされる。ヨルングの人びとにとっては、そのような精霊の世界は、決して単なるお話ではなく、過去の出来事ですらなく、現在もそこにあり、人間の世界と強くつながったものと感じられている。

 ヨルングには、もうひとつポールを用いる大切な儀礼がある。バヌンビル(Banumbirr)とよばれる金星の儀礼である。明けの明星である金星は、ドリーミングの時代にブラルク島からやってきて西に向かって旅をし、その道筋で大地や生物を生み出し、名前をつけていった精霊たちを導く役割をもったといわれている。この金星を象徴するポールを作る過程自体も儀礼の一部であり、ポールが完成するころまでに多くの人を集め、人びとが見守る中、歌と踊りとともにポールを大地に立て、その周りで歌と踊りを踊る儀礼である。この儀礼によって、彼らはブラルク島にいる祖先の魂と交流できるとされている。儀礼は、夕暮れにはじまり、一晩じゅう続けられ、金星があらわれる夜明け数時間前に最高潮に達する。

 ポールは、直径20センチ長さ1メートル50センチから2メートルはどの木を使い、外皮を剥がし、火を使って真っすぐに調整される。クランによっては、直接彩色される場合もあるが、ジャンバルピュイング氏族集団のものは、アオギリ科の木の内皮をたたき繊維にしたものを綯(な)い長い紐を作り、これをポールに端から密に巻き付けてゆく。その過程で、20センチおきに、オウムの羽根を飾りとして一巻つける。こうしてポール全体が巻き終わると、その上から顔料で彩色、または氏族集団を象徴する文様が描かれる。ポールの頂上には、オウムの羽根がつけられ、金星を象徴する。ポールからは小さな羽根飾りが何本も下げられる坑これらは金星の周りのほかの星たちをあらわしているといわれる。空に向けて立てるこのポールもまた、金星という高みへの思いを象徴している。ヨルングの場合、精霊の世界は天上にあるとされているわけではない。しかし、彼らが強いつながりをもち、彼らにとって現実的な存在である精霊たちの世界は、自分たちのいるここから離れたところにある「人間世界からはなれる」ことを象徴し、精霊世界につながることを象徴して、ポールが使われているのである。具体的なイメージとして精霊世界とのつながりは、上昇運動として象徴的にあらわされているといえる。

 そのような世界観は、アボリジニに限られない。カナダの北西海岸インディアンのトーテムポールにはじまり、儀礼のなかで、それぞれの宗教的世界観を象徴するポールを用いる民族は世界じゅうにいる。日本でも諏訪の御柱祭りでは、ポールを立てること自体が、儀式の中心的なものとなっている。そしてさらに、各地でみられる教会や寺院の塔は、高みとつながる人びとの思いを表すものといえるだろう。ただ、自己と超現実的な存在とのつながりの具体的なあり方やイメージは、それぞれの社会で異なり、きわめて多様にあらわされる。そして、それらが我々の生きる世界のあらわれとしての文化的豊かさと複雑さを形作ってきたといえるのではないだろうか。