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民俗学
姫田忠義
新田神社(由良氏)
評論
イメージの力
1.視線の逆転、親密な相交
2.あたらしい存在への変容
3.時のとらえ方、描かれ方
4.光と色が放つイメージ
5.かたちを楽しむ
6.商品としての新たな意味づけ
7.精霊世界とつながる
8.記憶の痕跡と武器アート
9.芸術における非芸術
4.光と色が放つイメージ
上羽陽子(うえばようこ)
きらきらと光り輝くもの、はっとするほど色鮮やかなものに人びとは魅了されつづけてきた。光り輝くもので身を飾りたてること、それは権威や富の象徴とともに、自らを守るための護符的な役割も兼ねている。人びとは光の力と色の力が生みだす効果をどのように利用してきたのであろうか。ここでは、光と色が放つイメージについて考えてみたい。
■邪視をはねかえす
漆黒の闇夜にとりおこなわれるヒンドゥー儀礼。小さな灯明の光をうけて、衣装や壁飾りにほどこされた鏡片がきらきらと輝く。人びとは、非日常の輝きから神聖さや清浄さを感じとり、心を奪われてゆく。インド西部では、衣装や壁飾りなどにガラスミラーを縫いつける刺繍技術がある
かつては、宮廷内の刺繍職人坑王侯貴族の衣装や調度品に雲母や貴石を縫いつけていた机17世紀のムガル王朝時代にガラスをつくる技術が発達したため、代用品として鏡片が使用されるようになった。近代、ミラー刺繍は一般の人びとへも広く普及し、インドをはじめ中央アジアや西アジアまで広くみることができる。
例えば、インド西部グジャラート州カッチ県は、このミラー刺繍が盛んな地域として知られている。コミュニティごとに、特徴ある刺繍技術と文様表現によって自らの衣装や調度品の製作を女性たちが担っている。
村の雑貨店や町の刺繍用品店では、ガラス工房によってつくられたミラー刺繍専用のガラスミラーが販売されている。ガラス職人は、吹きガラス技術で球状のガラスをつくり、そこに溶かした錫を注ぎ込み、ガラスの内面に均一にはりめぐらせ、
鐘状のガラスミラーをつくる。
女性たちは、粗く割られ、出荷されたガラスミラーの破片を購入して、素焼きの瓦や石などに擦りつけ、丸形、三角形、四角形、菱形、涙形、長方形などさまざまな形を生み出す。
そして、鏡片の上に糸を渡して仮留めしてから、その糸をかがるようにボタンホールステッチの要領で縫いとめてゆく。
このミラー刺繍は、花嫁や花婿、幼児の衣装、儀礼用の壁飾りなどに多くみることができる。
鏡片は邪視よけの役割をもっているといわれるからである
。
邪視とは、まなざしや視線に宿る力が災いをもたらすという信仰である
。そのようなまなざしの力には嫉妬や妬みがあるといわれる。したがって、邪視はいかなる人物も潜在的にもっているものであり、本人が知らないうちに他人に危害を加えていることも多くある。花嫁や幼児の衣装に多くのミラー刺繍がほどこされている理由は、華やかで美しいものやかわいいものに対する嫉妬や妬みから身を守るためであるともいわれている。
このような邪視への信仰は、インドのみなら坑中央アジ又西アジアなどひろくゆきわたっている。
手型のお守り「ファーティマの手」にみられるように、眼や目玉が描かれたものは、邪視よけのお守りとして身につけたり、壁などにかけてもちいられてきた。
安全や願いなどをこめた装飾品に、眼が文様化されて描かれることも世界各地でみることができる。また、
邪視をはねかえすものとして、反射して光ることから金属や貝、金糸や銀糸なども護符的な役割をもつとされ、身につけるものに縫いこめられている。
■集積の力
邪悪なものを体内へ入れないために、隙間をびっしりとうめつくすものがある
。衣装の襟ぐりや袖口、裾などに多くの刺繍がほどこされる炊これは衣装の機能として、ほころびやすい部分への強化であるとともに、
外につながる部分から魔ものが入ってこないようにするためでもある。
空間をつくらないように造形物へ文様をほどこすことは、顔面・身体塗装や入れ墨などとも関連があり、
魔よけや邪悪なものから身を守るためとして機能している。
また、地域や民族において神聖とされるものを大量に縫い込む、ぶらさげるということもおこなわれてきた。『クルアーン』の章句や、クマやタカなどの爪、ヤギの眼やひげを乾燥させたもの、動物の牙、種子、革、実などに、護身を願い、勇敢、敏捷といった効力を与え、衣装に縫いこめることもしてきた。おびただしい数のお守り袋(『クルアーン』の章句が入っている)や鏡、牙などを縫いこんだ狩人の衣装は、これらの効力を具現化した明快な資料といえる。子どもの成長を願って、背負い紐や背負いカゴ、ゆりかごなどに、効力をもたらす非日常のものを縫いこめることも、世界各地でみることができる。
一方、
古来より珍しいものや貴重なものは、権力や富の象徴としてもちいられてきた。
ナイジェリアのヨルバ社会でみられるビーズでおおわれた椅子や王冠などは富の象徴の究極の事例ともいえる。
ビーズ、貝、羽根、牙、骨、歯などを多く保持して、
それを誇示することが社会的威信のあらわれ
であるとともに、時には財貨や贈り物として、さらには護符的な役割を担い、古来より人びとの垂涎(すいぜん・何としてでも手に入れたいと思うほどの貴重なもの。)の的になってきた。
また、一定の法則にしたがって、おなじような形態のものがずらりと並ぶことによる、威圧感や重厚感といったものも忘れてはならない。ビーズやタカラガイなどを留めつけた造形物をみるとわかるが、多量に集積させることによって、ひとつでは感じなかった威力を発することがある。それが、とくに微細なものであればあるほど、自然物特有の形態の微妙な差異が効能となって、その連続性と規則性のなかに生みだされるズレが、視覚的効果をましてゆく。
自然物利用と手技の繰り返しの相乗効果による、造形物の力だといえるかもしれない
。
■極彩色をとりこむ
ずらりと彩度の高い色を組み合わせたビーズや刺繍などをみて、眼の前がくらくらっとした覚えはないだろうか。そこに、光沢や艶が加わると、より感じるものが強くなり、不快感すら覚えることもあるかもしれない。極彩色や、毒々しい彩りの昆虫や爬虫類、鳥類、魚類、そして植物など。色彩が原因で、生理的にこれらのものをうけつけない人もいるだろう。これらの色彩はよくみると、単色ではなく複数色であり、同じ彩度での補色の組み合わせ、あるいは一色をひきたたせるための、効果的な色づかいによる細かな点や線の集積によって構成されていることが多い。
幻惑されるようなビーズや刺繍などの造形物は、これらと同様の色彩構成であることが多く
、
細かな点や線の集まりというビーズ細工や刺繍による手工芸技術の特徴が、色の力を倍増させているのである。
溢れんばかりの色の洪水のなかでくらしている私たちですら、自然のなかではっとするほど色鮮やかなものを見つけることができる。化学染料以前の世界において、鳥の羽根や色鮮やかな自然物を身につけることへのあこがれと珍重さは、容易に想像することができるだろう。また、人びとは世界各地で鉱物、植物、昆虫などから顔料や染料をつくりだしてきた歴史をもつ。自然物と同じような鮮やかな色彩、艶のあるものを身につけてみたいと思うのは、人類にとって普遍的な欲求であり、羽根飾りをはじめとして、多くの造形物に転用されてきた。
また、乾燥地帯や緑少ない地域において、極彩色の衣装を身にまとう人びとが多いことは、生活のなかでほんのわずかな時期にしかみることのできない、花々の鮮やかな色彩への渇望のあらわれである。そして、色彩を自在に操ることができる、つまり色や文様をつくりだすことのできる職人を庇護(ひご・かばって守ること)できることや、輝きをもつ素材を揃えることができるということが、富や権力ヘとつながり、同時に社会的地位を色で表すことに通じているのである。
邪悪なものをはねかえす護符的な力をもつものとして、
世界のさまざまな地域で、光り輝くもの、色鮮やかなもの航衣装や装身具などにとりいれられてきた。
同時に、これらのものは、常人と異なる力をもつ者の象徴として、
富や権力など社会的威信の具現化としてもちいられてきた。その根底には、古来より人びとが非日常の光や輝きに神聖さや清浄さ、自然への畏怖の念や敬意を感じとってきたことがある
。そして、同時に人びとは、常に他者の存在やまなざしを意識しながら、自身ではコントロールのできない事物に対して、光の力と色の力をよりどころにしながら、共存してきたのではないだろうか。
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