主権者教育

 選挙権年齢が18歳以上になって実施された参院選から半年。何度かフォーラム面で見てきたように、学校では主権者教育をめぐる試行錯誤が続いています。よりよい方法を模索する教師の声をもとに、見えてきた課題とこれからについて考えます。

■政治家や地域の関与を

 昨年夏の参院選の投票率は18歳が約51%、19歳は約42%で、18歳の投票率は20代、30代を上回りました。「18歳選挙権」のもと、実施された選挙を振り返り、主権者教育の未来について考える全国公民科・社会科教育研究会の集会が昨年12月24日、東京都内で開かれました。教師や弁護士、NPO関係者らが集まり、議論を重ねました。

 都道府県別で18歳の投票率が約62%と最も高かった東京から、都立高島高校教諭の大畑方人(まさと)さん(39)が発表しました。「18歳選挙権が初めて導入されたことから注目度は高かった。大切なのはこれからも生徒たちの関心を引きつけ続けることです」

 大畑さんはこれまで、政治に対する生徒たちの「無関心のバリアー」を打ち破るため、三つのCを心がけてきたと言います。

▶「Catchy」(キャッチー=関心を引きつける)、

▶「Casual」(カジュアル=日常の身近な話題について考えさせる)、

▶「Cool」(クール=カッコイイと思わせる)です。

 工夫を重ね、参院選前には政策討論会や模擬投票などを行ったそうです。

 昨年秋には次のステップとして、生徒が都議会議員と対話する企画を立てました。政治家を身近な存在と感じることによって「公共の課題」への関心を高められたら、と考えたそうです。

そこで、都議会の全7会派に打診し、1回の授業に二つ以上の会派の政治家を招く方向で進めることにしました。ところが、「全会派が同時に参加しなければ政治的な公平が保てないのではないか」という意見が出て、最終的には実施を見送ることにしたそうです。

この報告を受けて、参加者からさまざまな声が出ました。

「神奈川県では地方議員との接触は認められている」

「松本市では、むしろ地方議員から生徒に話をしたいと持ちかけられて実現した」。

 自治体によってバラツキがあることが浮かび上がりました。また、「教師が1人で全会派から出席を取り付け、日程を調整するほどの時間的な余裕はない」という指摘や、「議会事務局が窓口となって、政治家の出前授業を実現させるシステムができないか」という提案もありました。

 主権者教育を学校の外へどう広げていくかが課題だ、と大畑さんは感じています。「政治家や地域社会の理解と関与がもっと必要です。また、学校の公民科・社会科以外の教師に取り組んでもらうことも重要でしょう」

 国語なら新聞の社説を読み比べたり、英語なら米大統領選を取り上げたり、政治や社会と教科の接点はいくらでもある、と言います。「選挙で投票する方法を教えることだけが主権者教育ではありません。主権者としての意識を育てる取り組みを学校全体ですることも今後の課題でしょう」(諸永裕司)

■投票行動、家庭の役割も大きい

 18歳と19歳を始めとする若者の意識を探るため、公益財団法人「明るい選挙推進協会」は昨年7月、全国の18歳から24歳までの男女1900人にアンケートをしました=グラフ。担当した調査広報部主幹の鈴木秀毅さん(46)が注目したのは、投票行動への親の影響でした。

子どものころ、親御さんの投票について行ったことがありますか」という問いに、「ついて行ったことがある」と答えたのは約4割。うち67%が、参院選で投票したと回答しました。一方、「ついて行ったことはない」と回答した人のうち、投票したのは45%でした。

 「幼少期の体験が投票行動に影響していると考えられる」と鈴木さん。家庭が果たす役割は小さくないと実感したそうです。参院選の投票に誰と行ったかという問いには、18歳の65%、19歳の51%、20歳の62%がそれぞれ「家族」と答えました。

 調査では、社会が向き合うべき課題も見えてきました。投票に行かなかった人にその理由を複数回答可でたずねたところ、18歳と19歳は「現在の居住地で投票できなかったから」がもっとも多く、「面倒だったから」「選挙にあまり関心がなかったから」を上回りました。住まいが変わったものの、住民票を移していないために一票を投じることができなかったケースもあったのではないか、と鈴木さんは指摘します。「18歳や19歳は、大学進学などで実家を離れる時期でもあり、住民票を移して3カ月たたないと投票できない、という情報をしっかり伝えることも重要でしょう」

■授業以外の場面でも

 全国公民科・社会科教育研究会の集会参加者に、この1年間取り組んできたことや今後についてアンケートしました。以下は主な回答です。

高校1年生を対象に参院選の模擬選挙を行い、『現代社会』の授業で選挙の意義や選挙制度の学習もした。今後は二つの方向を同時に目指す必要がある。一つは『深める』。政治的教養をはぐくみ、アクティブラーニング(能動的学習)の手法を生かすなど、様々な授業案を練る。もう一つは『広げる』。生徒がいろいろな団体や個人と交わる開かれた場としていく。教員はコーディネーターとして働く」(高校教師 64歳男性)

●「『未来への選択』をテーマに経済の基礎的な考え方を学び、世代間格差を考えた。選挙に行くメリットを未来への時間軸で考えられる生徒が出てきた。今後必要なのは授業実践の積み上げ、交流、ふりかえり、さらなるブラッシュアップを繰り返すこと」(高校教師 52歳男性)

●「日常の授業で新聞記事を用いた3分間スピーチをしている。選挙関連の記事を扱った生徒もかなりいた。いつでも主権者であることを意識して取り組まなければならない。意見を表明することは主権者としての行動と言える。その意味での人権教育、意見を実現させるための制度、法の学習が大切だと考えている」(中学校教師 56歳男性)

●「国政はとても大事だが、地方政治の課題を考えられるといい。教える側の意識改革が一番」(行政書士 48歳男性)

●「社会科のすべての授業が主権者教育だと考える。世の中に関心を持てるような授業をすること。学校では模擬選挙もした。今後は社会科の授業、ホームルーム活動、生徒会活動、地域との連携事業などさまざまな場面を主権者教育の機会にしなければいけない。民主主義とは答えをみんなで作っていくプロセス。自分の生活や関心が政治とつながっていることを実感できる経験が必要だと考える」(高校教師 56歳男性)

●「ディベートや模擬選挙をいつも通りに。学年ごとに集会を開き、クイズを活用して教えた。これからは論争的授業がもっと楽にできるよう、資料を提供できる支援センターが必要だろう」(高校教師 65歳男性)

●「主権者教育を学校教育の理念としてとらえて学校全体で取り組み、その一環として模擬投票や模擬議会をした。『なぜ勉強しなければならないのか』という問いに対する答えの一つが主権者教育でありたいと考えている。『18歳の時点で何ができるようになるか』を考え、各教科・科目で取り組む必要がある」(高校教師 29歳男性)

●「大学や塾で新聞を比較する授業をした。行政書士会として、小学校や図書館にて法教育の授業も。これまでの取り組みを続けつつ、機会を増やしていきたい。押しつけ的な『政治的中立』などについても、対策を考えられるようにしたい。指導者側が萎縮しないように、自信をもって取り組んでほしい」(行政書士・大学講師 46歳男性)

◆これまでの議論

 フォーラム面では一昨年来、「18歳選挙権」について折に触れて議論してきました。まずは大学生たちと、一票を手にすることの意味を考えました。続いて、すぐにも有権者になる高校生への教育のあり方を教師たちと考え、福岡市の高校の模擬投票授業を通じて、高校生の意見も聞きました。

 新たに有権者となった18、19歳の意識を探る試みも続けています。昨夏の参院選に際してはツイッターなどを使って若い人たちの声を聞く「Voice1819」を企画しました。参院選後も、主権者教育の行方について議論を重ねています。

◆主権者教育とは何でしょうか。

 今回の集会では大きく二つに分けて議論されました。

▶一つは模擬投票や模擬議会で政治参加の意味を体験的に学ぶこと。

▶もう一つは、日ごろの教科学習や学校活動のすべてが本来、主権者を育てることにつながっているということです。

 家庭での経験や対話が大きな意味を持つことも納得できます。日々の学習やくらしの中で、政治や社会とのつながりを感じることが大切ではないでしょうか。そのための工夫をひろげられたらと思います。

(吉沢龍彦)

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