(争論)「共謀罪」

■2005年提出の政府案/今回の政府案

 犯罪を複数の人が計画した段階で逮捕できる「共謀罪」。政府は「国際組織犯罪防止条約に加わるために必要」として「テロ等準備罪」と名称を変え、通常国会に法案を提出する方針だ。だが「共謀罪の本質は変わらず内面の自由を侵し危険だ」として反発も強い。

▶テロ対策のための条約か

▶条約の締結に不可欠か

▶乱用の歯止めはあるのか

■【○】対テロ重要、乱用防止策練れ 公共政策調査会研究センター長・板橋功さん

 「国際組織犯罪防止条約」は元々、マフィアなどの犯罪集団によるマネーロンダリング(資金洗浄)などの経済犯罪の取り締まりに関する国際的な協力を目的として国連で採択された条約ですが、「9・11」テロ以降は、テロ組織の資金源の取り締まりなどテロ対策にとって重要な枠組みとなっています。

 この条約に加盟することによって直接国際テロを未然に防げるかと言えば、必ずしもそうとは言えないかもしれません。しかし、犯罪人の引き渡しや犯罪収益の没収などの捜査共助、裁判権の設定などで大きなメリットがあります。各国とテロ関連の情報を交換する際に、条約に加盟していない日本は、国連加盟国のほとんどが参加する締約国会議にも参加できませんし、国際的な信用を担保できないことから、国際テロ情報の収集にも支障を来します。テロ対策にとって大きなマイナスです。

 国連加盟国のうちこの条約を締結していないのは、イラン、ブータン、南スーダン、ソマリア、コンゴ、ツバル、日本などの11カ国に過ぎません。最近まで未締結だった北朝鮮でさえ締結しました。G7の中で未締結は日本だけです。

 資金洗浄対策を担う国際組織「金融活動作業部会(FATF)」からも、日本は条約締結に必要な国内法を整備するよう勧告を受けています。

 条約の締結には、重大な犯罪を行うことを共謀する罪か、組織的犯罪集団に参加する罪のどちらかを国内法で制定する必要があります。英米法系の国の多くには既に共謀罪があり、大陸法系の国は参加罪を持っていたので新たに国内法を整備する必要がある国は少なかったのです。日本はどちらも国内法に定めがないので、共謀罪か参加罪かどちらかを創設する必要があります。私は、結社の自由の制限につながる参加罪より共謀罪の方が権利侵害の度合いが低いと思います

 テロ対策には人権やプライバシーを制限する側面があることは否定できません。乱用防止のための何らかの歯止めは必要です。その意味で今回政府が提出しようとしている「テロ等準備罪」では、構成要件に、犯罪に使うためのカネを銀行から引き出したり、モノを購入したりといった「準備行為」が加えられたことは一定の歯止めになります。また、重大な犯罪を実行することを目的とする集団に対象が限られたことも歯止めになります。

 テロ対策が国民の権利を制限する側面があることから、国民の理解と協力が不可欠です。ですから、もし国民の懸念があるなら、国会で徹底的に議論して、新たな歯止めを設けるのも国民の代表である国会の役割でしょう。

 五輪があってもなくても、この条約は締結すべきだと思いますが、最近の国際テロは多国籍の外国人が多く集まる空港、駅、観光地といったソフトターゲットが狙われる傾向が強まっています。しかも、過激派組織「イスラム国」(IS)は機関誌で日本をターゲットの一つと名指ししています。国際的に日本への注目が強まり、世界から多くの外国人が集まる2020年の東京五輪は格好のターゲットということになります。今後日本へのテロの脅威はますます高まると思います。その日本がこの条約を締結していない事態は一刻も早く解消すべきです。

 (聞き手・山口栄二)


▶ いたばしいさお 1959年生まれ。国際テロ問題、組織犯罪、危機管理、核セキュリティー、航空保安などを主に研究。15年から現職。 

 【×】条約に不要、内面の自由侵す 弁護士・元法相、平岡秀夫さん

 「共謀罪」は過去3回、法案が国会に提出されましたが、世論の反対が強く廃案になりました。今回、「テロ等準備罪」と名称を変えても、犯罪を共謀し計画することが罪とされる共謀罪の本質は、全く変わりません。思想や言論の取り締まりに使われかねず、市民の自由な活動に大きな圧力となります。

 政府は「国際組織犯罪防止条約」を締結するために、国内法として共謀罪をつくる必要があると説明します。そもそも、この条約は金銭的、物質的な利益を得るための犯罪、たとえばマフィアによるマネーロンダリングのような経済犯罪の取り締まりが目的で、政治、宗教的なテロを対象としてつくられたものではありません。

 私も条約の締結は必要だと思います。過去の国会での論議をみると、政府は条約が求める経済犯罪対策として集団的詐欺や人身売買、集団密航などの犯罪に共謀罪が必要だと考えたようです。それならばそこに絞り論じるべきです。懲役、禁錮4年以上の罰則のある犯罪に広範囲に共謀罪をつけるような乱暴なやり方は、不当に権利を侵害するものとして認められません。

 日本の刑法は、犯行を実際に犯した「既遂」、犯罪行為に着手し具体的な危険が生じた「未遂」を処罰するのが原則です。さらに殺人や強盗などの限られた重大犯罪については、未遂以前の準備行為を予備罪として処罰します。共謀罪は、それ以前の「犯罪の共謀」段階で罪に問うわけで、例外中の例外です。

 条約には「自国の国内法の基本原則に従い」必要な立法措置をとる、とあるので、日本の法体系を根本から変える共謀罪をつくる必要はありません。また、「東京五輪に向けたテロ対策」という政府の説明にだまされてはいけません。日本はハイジャック防止やテロ資金供与防止、爆弾テロ防止などのテロ防止関連条約を締結し、国内法も整備した。まだ不足しているものがあると言うなら、個別に吟味して立法の必要性を議論するのが筋です。

 政府は共謀罪の主体を「組織的犯罪集団」としたことで「一般の人は対象にならない」と説明するが、組織的犯罪集団の定義はあいまいです。企業や労組、市民団体であっても、捜査当局が「重大な犯罪を共謀した」と判断しさえすれば、その時点で組織的犯罪集団とされ、捜査対象とされかねません。

 さらに政府は、「テロ等の実行の準備行為があって初めて処罰の対象となる」と答弁し、単に話し合っただけではなく、「銀行でカネを下ろす」「レンタカーを借りる」など犯罪の準備行為が必要だとしています。これらの行為は日常よくみられ、何ら違法性のないものですが、当局が犯罪に関わるものと判断すれば逮捕されるおそれがあります。全く歯止めになりません。

 なぜ政府は、共謀罪創設を急ぐのでしょうか。捜査当局にとっては、共謀段階で捜査でき、実に使い勝手のいい武器です。権力に都合の悪い行動、例えば反原発や反基地運動の監視に効果的で大きな圧力となります。

 日本では監視カメラがあちこちにあっても、「治安がよくなる」として大きな反対は起きません。政府は、テロ対策と言えば共謀罪も受け入れられると考えているのでしょう。監視や密告が広がり、内面の自由が脅かされる。そんな世の中にしてはなりません。

 (聞き手・桜井泉)

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