憲法審査会
■改憲原案を審査、国民投票法を受け設置
▶国民投票までの流れ/憲法審査会の構成
衆参両院の憲法審査会が近く議論を再開する。両院で「改憲勢力」が3分の2の勢力を占める新たな状況になってからは初めての実質審議となる。憲法改正をめざす安倍晋三首相は、臨時国会で「まずは憲法審査会という静かな環境で議論することが必要だ」と繰り返す。憲法審査会の機能と役割、これまでの主な議論をおさらいしてみる。
■衆参それぞれに
▶憲法審査会とはどういう組織か。
国会議員が憲法や憲法に密接に関係する法制度について議論する国会の機関だ。衆参それぞれにあり、憲法改正の原案が提出されればその審査をする。週に1回、3時間の議論を原則として運営されてきた。
▶古くからある組織なのか。
2000年にできた「憲法調査会」が前身だ。それまで国会には憲法を専門的に議論する機関がなかったが、1997年に超党派の議員連盟が議論の場が必要だと動き出した。背景には90年の湾岸危機以来の自衛隊の海外派遣をめぐる論争など、憲法についての世論の変化があった。
ただ、新たな機関を設けることが憲法改正につながるのではないかと野党は警戒。そこで、憲法改正原案の審査はせず、あくまで憲法の「調査」に限ることを条件にスタートした。05年に報告書をまとめたが、改正に向けた方向性を打ち出すものにはならなかった。
▶「調査会」と「審査会」では何が違うのか。
第1次安倍内閣の07年、憲法改正の手続きを定めた国民投票法が成立。これを受けてできたのが憲法審査会だ。調査会との最大の違いは、憲法改正原案の審査ができるようになったことだ。原案が提出された場合、衆参の審査会で採決され、賛成が半数未満の場合は否決、過半数なら可決されて本会議に提出される。
■少数会派も平等に発言
▶これまでどんな議論がされてきたのか。
最初の約4年間は休眠状態だった。国民投票法案の採決を巡る与野党の対立が尾を引いた。ようやく議論が始まったのが、民主党に政権が代わった後の11年秋。「天皇制」や「戦争放棄」など憲法の章ごとに議員が自由討議したり、学識者から意見を聞いたりしてきた。憲法改正に向けた具体的な議論というより、それぞれの議員が自分の憲法観を語る側面が強く、同じ党の議員で意見が異なることもあった。
▶ほかの委員会にはない特色があるそうだが。
議員数が少ない会派にも発言時間を平等に割り当てている。衆院憲法調査会長を長く務めた中山太郎元外相の「憲法は国民のもの」という考えに基づき、どんな立場の議員でも発言できるようにとの工夫だ。もっとも、議員が少なくて委員を出せない会派もある。
■安保法巡り混乱
▶この1年あまり審議が止まっていた理由は。
衆院では昨年6月4日の参考人質疑で、3人の憲法学者がそろって安保法案を「違憲」だと指摘。これで法案反対の機運が広がったことが政府与党内で問題視され、実質的な審議はその直後に1回開いたきりで、以降は行われていない。参院も自民党議員の失言がきっかけで、今年2月以降は衆院と同様の状況になった。これに対し、憲法改正を進めたい安倍首相が、再度審査会を動かすようネジを巻いたというわけだ。
■進め方は手探り
▶これから憲法改正に向けた議論が進むのか。
改憲勢力が改憲案の国会発議に必要な3分の2の議席を占め、数の上では憲法改正は現実味を帯びてきている。自民党は衆院の審査会長に森英介元法相をあて、民進党など野党の出方をうかがいながら慎重に議論を進める方針だが、まだ手探り状態のようだ。民進党の蓮舫代表は「憲法審査会が開かれればしっかりと参加する」と語り、議論には応じる構え。一方で野田佳彦幹事長は自民党の改憲草案の撤回を求め、首相がこれを拒否するといった駆け引きが始まっている。
(三輪さち子)
■<視点>不備はあるか、原点から議論を
▶自民党が憲法改正という「党是」の実現に最も近づいたのは、いつか。
それは衆参両院で「改憲勢力」が3分の2を占める現在でなく、10年前の06年12月だったという説がある。当時、改憲手続きを定める国民投票法案が、衆院の憲法調査特別委員会で審議されていた。自民、公明の与党と民主党はそれぞれの案を提出。民主党も改憲そのものには反対でなく、双方は共同での修正による法案の一本化を模索していた。
背景にあったのは、改憲には衆参両院の3分の2以上の賛成が必要で、それには野党も含めた合意形成が必要だとの考えだ。共同修正はその試金石と位置づけられ、双方が歩み寄る姿勢を明確に示したのが06年12月のことだった。だが、07年の年頭記者会見で安倍晋三首相は「憲法改正を私の内閣でめざしたい。参院選でも訴えたい」と表明。これを機に協調ムードは壊れ、共同修正は政局の波間に消えた。
議員の数だけに着目すれば、いまの「改憲勢力」は10年前よりもはるかに議論を進めやすい状況にある。ところが現状は、圧倒的な数の威圧感が公明党の慎重論や民進党の警戒心を呼び、かえって自民党が望むような議論の妨げになっているように見える。安倍首相は憲法審査会で改憲案を示すことが「国会議員の責任」であるかのようにいうが、それはあまりにも先走った物言いだ。
これからの審査会では、国民が切実に改正を求めるような不備がいまの憲法にあるのかどうかという原点から、議論を始めるべきだ。そうでなければ、国民不在の「改憲のための改憲論」になりかねない。「3分の2」の多数派に含まれない少数会派が意見を述べる機会も、これまでと同様に十分に尊重される必要がある。
憲法審査会は政府と議員の質疑ではなく、議員同士の自由な討論の場だ。それだけに個々の議員の見識もよくわかる。そして何よりも、その行方は国民全員の将来にかかわる。議論を注視し、自分たちの問題としてともに考えていきたい。
(編集委員・国分高史)
■昨年の衆院憲法審査会で示された「今後の憲法審査会で議論すべきこと」
◆自民・船田元氏
現行憲法は国民生活に定着しているが、現実と乖離している条項あるいは新たに付け加えるべき案件もある。時代にマッチした改正を議論し、結論を導き出すことは国会の重要な責務。緊急事態条項、新しい人権、財政規律条項を優先的に議論してはどうか
◆民主・武正公一氏
押しつけ憲法論については各党の考え方を確認し、それを改正の理由とすることの是非について考えていかねばならない。そのうえでわが党は現行憲法に足らざる点として明確になっているものから優先的に議論することを提案したい
◆維新・井上英孝氏
統治機構改革により、この国の形を決める仕組みをグレートリセットすべきだ。まず国と地方の役割を抜本的に見直す必要がある。首相公選制の導入、強力な会計検査機関を国会に設置、道州制導入と併せ国会を一院制とすべきだ
◆公明・斉藤鉄夫氏
現憲法は国民に定着しており、基本的人権の尊重、国民主権、恒久平和主義の3原則は堅持すべきであり、そのうえで時代の進展に伴って提起された新理念を加えて補強する「加憲」が最も現実的で妥当な改正方式ではないか
◆共産・赤嶺政賢氏
国民の多数は改憲を求めておらず、改憲のための憲法審査会を動かす必要はない。憲法の規定が一切変えられないもとで、なぜ安全保障関連の法整備が許されるのか。憲法の基本原則を根底から覆す現実の動きに国会は目を向けるべきだ
(衆院憲法審査会ホームページの2015年5月7日会議日誌より抜粋。政党名は当時)
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