親鸞、教科書記述に変化

■親鸞、教科書記述に変化 

▶「教えを発展」修正の動き 法然が劣ると誤解生む? 

 浄土宗を開いた法然(ほうねん)と浄土真宗の宗祖・親鸞(しんらん)。高校の倫理の教科書は、法然の教えを「徹底」「発展」させたなどの表現で、親鸞を説明してきた。だが、この記述では法然は親鸞より劣ると誤解を与えかねないとして、教科書の表記を見直す動きが相次いでいる。

 法然(1133~1212)は比叡山で学び、43歳の時、阿弥陀仏の本願を信じ、ひたすら南無阿弥陀仏の念仏を唱えれば極楽浄土に往生できるという「専修(せんじゅ)念仏」の教えに目覚めた。親鸞(1173~1262)は29歳の時に法然の弟子となった。

 京都学園大の平(たいら)雅行教授(中世仏教史)によると、法然と親鸞が活動する前の院政期、民衆に広まりつつあった仏教観では、生き物を殺すと地獄に落ち、漁業も農業も森林伐採も殺生になる。生きるための労働で罪を重ねて悪人となるため、その償いが必要だとされた。

 これに対し、法然は「すべての人間は平等に善人」であり、いわれのない罪意識にとらわれる必要はないと説いた。一方、親鸞は「すべての人間は平等に悪人」であり、自分の罪深さを自覚した者こそが救われると説いた。2人とも、民衆が押しつけられていた悪人視から、民衆の心を解き放った。

 古典的な真宗学は、法然の善人論は悪人の自覚が不徹底とされ、親鸞が法然を発展させたと考えた。この考えをもとに教科書では、親鸞が法然の教えを「さらに徹底」「継承し発展」などと記述してきた。

 しかし、朝日新聞が調べたところ、「高校倫理」を発行している主要な6社(7冊)のうち、2017年度から使われる予定のものも含めた4社(5冊)が徹底や発展という表現をやめ、親鸞は「独自に」「新たな教説を生みだした」などと変えていた。

 第一学習社は昨年発行の教科書から、親鸞は「法然の教えを継承しつつも、独自の道を歩むこととなった」と改めた。山川出版も17年度から使われる教科書で「(法然の教えを)独自に展開して」とした。

 「徹底」と表記している東京書籍と実教出版2社も修正を検討していると回答した。東京書籍は「時代が進むにつれ、思想が徹底されたという意味で使っている。決して法然が親鸞より劣るという意図はない」。実教出版も「生徒に誤解や先入観を与えるのであれば修正も検討する」としている。

■宗議会で取り上げ

 何がきっかけなのか。浄土宗が14年、宗の国会にあたる宗議会で取り上げ、宗総合研究所が1950年代以降から15年度刊行までの高校の倫理や現代社会など341冊の教科書を調べた。昨秋まとめた報告書によると、6社(7冊)のうち3社(4冊)が自主的に表現を改めたと結論づけた。ただ教科書会社に修正を求めることはしていないという。

 変更理由について第一学習社は「浄土宗が調査していることなどを著者に相談して改めた」と説明。東京書籍は「仏教界から指摘されたことはないが、著者もこの問題を認識している。相談して修正を検討する」としている。

 調査の中心になった林田康順(こうじゅん)・大正大教授(浄土宗学)は「公正であるべき教科書が優劣をつけるのは、教育基本法の精神に反する。教科書会社が自主的に修正したことは大いに評価できる」と話す。

 浄土真宗本願寺派(本山・西本願寺)と真宗大谷派(本山・東本願寺)はそれぞれ「高校教科書の記述は、その時点での客観的、学術的研究の成果を正しく反映すべきだ」、「教科書会社側が学界などの見識を踏まえ、総合的に検討して見直したと思う」とコメントする。

■「共通点を伝えて」

 法然と親鸞の関係をどうみるべきか。法然が親鸞について語った言葉は記録上残っていないが、法然に対する親鸞の言葉は多く残る親鸞の妻・恵信尼(えしんに)は娘に宛てた手紙で親鸞の言葉を引用し、「上人の渡らせ給はんところには、人はいかにも申せ、たとひ悪道に渡らせ給ふべしと申すとも」(法然上人が行かれるところには誰が何と言おうとも、たとえ地獄であろうともお供します)と記した。親鸞がいかに法然を敬っていたのかがうかがえる。

 平さんは「法然と親鸞は論の組み立て方が違うだけで、同じものを目指した。オリジナリティーは法然にあり、親鸞は法然の議論をすっきり整理した人間の平等を説いたことが共通する」と指摘。「法然が親鸞より劣るというのは、現在の研究からみても時代遅れ。教科書では2人のささいな違いよりも、共通点を伝える方が大事だ」と話している。(岡田匠)

■法然と親鸞をめぐる高校倫理の主な教科書の記述

<清水書院(新倫理)>

・以前

 法然が開いた浄土宗の教えをさらに徹底した

・最新

 法然の教えを継承しつつ、阿弥陀仏への信仰を深く突きつめ

<清水書院(現代倫理)>

・以前

 法然の念仏の教えをさらに徹底させ

・最新

 法然の弟子となり(中略)専修念仏の継承者となった

<第一学習社>

・以前

 法然の教えを継承し発展させた

・最新

 法然の教えを継承しつつも、独自の道を歩むこととなった

<数研出版>

・以前

 法然の教説をうけついだ親鸞は、専修念仏をより深く、内面からとらえた

・最新

 法然の教説を受け継ぎつつ、新たな教説を生みだした一人

<山川出版>

・以前

 法然の教えをさらに徹底して

・最新

法然の教えを受けつつ、それを独自に展開して

東京書籍

法然の教えをさらに徹底した

<実教出版>

法然の専修念仏の教えをさらに徹底させ

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