■暗号資産技術、ビジネスの種
▶︎ブロックチェーン 食品や美術品の履歴、共有が可能
国家に頼らない未来の通貨として期待されたビットコインなどの暗号資産(仮想通貨)。投機の対象になって価格が乱高下したり、ハッキングを受けて資産が流出したりして、一時のブームは去ったが、その根幹技術である「ブロックチェーン」は今も活発に研究され、新規ビジネスが次々と生まれている。面倒な貿易の手続きを簡略化したり、流通の透明性を高めたりできると期待されている。
「新興国では、ビットコインを使った貿易のニーズが高い」。ブロックチェーンを使った貿易の仕組みを作っている東京都のベンチャー「スタンデージ」の足立彰紀CEOは、ナイジェリアに事務所を構えるなかで実感した。
少額の貿易だと、銀行の仲介手数料だけで赤字になってしまう。国民の多くが銀行口座を持てず、決済に必要な米ドルの流通量も少ない。このため、貿易ができるのは大企業に限られていた。
足立さんはそこに、ビットコインなどで支払いでき、手数料も銀行の半分以下のサービスを持ち込んだ。実際に試したところ、銀行の仲介で1カ月かかっていた取引が1時間で済み、注文されたノートパソコンを2週間後には現地へ納められた。
ブロックチェーンは、暗号資産を誰が支払い、受け取ったかといった取引歴を記録していく技術だ。電子マネーだと特定の会社や組織が管理するが、売り手や買い手全員が台帳を共有する。データが過去から順番につながっていくので履歴を確認しやすく、暗号化されて匿名性も高い。
市場調査会社の矢野経済研究所は、ブロックチェーンが今後、金融分野だけでなく、商品が流通した履歴を管理したり、権利を証明したりといった用途へどんどん広がっていくと予測する。
米IBMは、ブロックチェーンで食品の流通履歴を管理するシステムを開発した。原産地や加工の内容、販売店までの履歴を一括で共有し、消費者に伝えられるという。
現代美術家の施井泰平(しいたいへい)さんは、東京大の大学院に在学していた時、ベンチャー「スタートバーン」を起業した。美術品の鑑定歴や美術館での展示歴、売買歴などをブロックチェーンで記録する。空間デザイン会社「丹青社(たんせいしゃ)」などとを始めた。
履歴があれば、ニセモノをつかまされる心配がなく、コレクター同士が売買する際にも利益の一部を美術家に還元できる仕組みを作れる。施井さんは「日本のアートを世界に広げたい」と話す。
■高い匿名性が持つ光と影
一方、匿名性が高い暗号資産は、テロ資金の温床になったり、マネーロンダリングに使われたりする恐れもある。
主要20カ国・地域(G20)は、暗号資産を評価しつつ、規制の議論も始めた。日本でも、取引業者がハッキングを受けて顧客の資産が流出した事件を受け、弁済の原資を確保することなどを義務づけた改正資金決済法が5月に成立している。
「それでも、プライバシーの保護が重視されれば、広まるのは電子マネーより暗号資産かもしれない」と慶応大の坂井豊貴教授(制度設計論)は見る。
電子マネーは利用履歴を企業が管理しており、流出したり、政府に提供されたりすれば、個人の行動が丸見えになる。香港のデモ参加者は、地下鉄で電子マネーを使わず、現金で切符を買っていたとされる。匿名性の高い暗号資産なら、身元や履歴を明かさずに支払うことができる。
来年には、世界で20億人以上の利用者がいる米フェイスブック(FB)が、暗号資産「リブラ」の発行を目指す。銀行を介さず、国を問わない個人間のお金のやりとりが大きく変わる可能性がある。
安全性を高める研究も進んでおり、国際会議も増えた。東京工業大の首藤一幸准教授(情報科学)は「プライバシーと犯罪抑止のバランスが取れるよう、法律や制度だけでなく、技術面でも貢献していきたい」と話す。(杉本崇)