漆液の採集法 

■漆液の採集法

■漆液の生産状況

 漆液採集の状況ほ明治以後より漆液を採集する者は、漆樹の栽培者でなく専業の漆掻工により行われ分業となり、その漆掻工も少数の或地方に限られるに至った。なお生産ほ左の如き組織により行われ商品として市場にて売買される。

一、漆樹栽培者 多くは農家の副業および漆樹栽培者により栽培される。

一、荷主(にぬし・荷物の持ち主・送り主) 漆樹を栽培者もしくは農家の所有者より立木のまま買入れ、漆掻工を雇用して漆液を採集しこれを製漆業者または需要者に販売する者を荷主と称する。

一、製漆業者 かつては外国産および国産の生漆のみを取扱う漆問屋ありたるも現今は僅かに二、三に過ぎない。製漆業者は荷主と直接に取引して、その生漆を用途に応じて製漆加工して小売店または使用者に販売する。

 一般に右の如き経路によるをもって、漆樹栽培者は立木のまま荷主に売渡すのが通例である。荷主ほ採漆の前年に漆樹の所在地を回り翌年採漆すべき木を見定めて契約し、採漆の時期に漆掻工を派出して採漆せしめる。

 採集の生漆は漆問屋もしくは製漆業者に売り渡し、或ほ使用者の漆工業者に直接売る場合もある。生漆は木製の桶に入れ(容量は一定しない)特別の荷造して貨車にて送る。

 さて漆掻工は主として新潟福井の両県人であるが東北各県にも散在する。従来立木を荷主に売渡す習慣は栽培者に利益少く収支償わざる憾(うら)みがある。これが自然と漆樹の栽培を衰退せしめたることは前述の通りである。故にこれを解消するには漆樹栽培者自身が漆を掻き採集することが唯一の良策である。爾来国家および府県の漆樹栽培に効果挙らず失敗の歴史は皆ここに原因する、これを要するに栽培者に適当の利益を所得せしむる点に帰着すると思う。

■漆液掻取法 

▶︎掻取り接取の季節

 概ね六月上旬に着手して十一月下旬に終るのが普通である。なお季節によりて採集したる生漆の名称を異にして品質も相違する。例えば半夏より秋彼岸に至る間において、樹幹より22~25掻取りたるものを辺漆(へんうるし)と総称する。

  更にこれを三期に区別して最初の五回までを初辺と称し、次の六回よりを盛物、盛辺または辺掻と称し、

 次の一八回より二四回に至る間に掻取りたるものを遅辺と称する。産漆量の多きほ盛夏の時期にして、また品質も優良である。その後約20日間に亘(わた)り辺掻の間と大き枝には、15~30㎝位の間隔を置き裏目漆を掻取る。続いて20日に亘り裏目掻の間に対し長線の疵(きず)をつけて留漆を掻取る。この裏目漆と留漆を総称して秋物と言う。品質は盛物に比して劣り乾燥の時間ほ遅く長時間を要する。留掻を終りたる後は掻痕なき枝を約1m位に伐り一束となし、その半分を他の如き水溜に一週間位浸漬(しんし)したる後、掻取りたる漆は枝漆にして瀬湿(せしめ)漆と称する。なお生漆の名称は各地方によりて異なるが例示すれば次の通りである。

▶︎ 掻取方法

   漆樹より漆液を掻取る方法ほその国により横取要具を異にし、方法にも多少の相違あるもその原理は同一である。何れも外皮上より木質に達する深さに切疵(きりきず)をつけ、漆液溝を切開して漆液を滲出 (しんしゅつ・にじみでる)せしめて採集する。切疵の形状ほ各国異なり採集の方法にも相違がある。我国の掻取法には三種あり殺掻法(ころしがきほう)、鼓掻法(つつみがきほう)及び養生掻(ようじょうがき)である。

◉殺掻法は、採漆に着手したる年度において全木の液漆を取り尽して漆樹を伐採する

◉鼓掻法は、一種の殺掻法であるが異なる点は、切疵の基点となる最初の辺付けの上下に二条宛の症を一回につけること、殺掻法ほ各基点の上部に一回に一条の庇をつける。なお鼓掻は、盛夏の侯に主として採漆し、掻取りの期間を短縮する。

◉養生掻は盛夏の候においてのみ掻取り、漆樹の枯死せざる間、隔年に数年乃至十数年に亘(わた)り採漆する。隔年採漬するのは翌年ほ採漆を休み樹勢を快復するために養生する所謂養生掻である。しかしこの養生掻は現今日本においては栽培者と掻取工と異なるために行われない。中国ほ殆んど養生掻でありベトナムも短期の養生掻である。

▶︎殺掻法

採漆する樹令は志せざるも普通植栽後七、八年にして樹周二〇センチ以上に達するから採漆することができる。而して漆技工は漆樹の大小および植栽の粗密状況によりて一期間に採集する本数と地域を決定する。また樹周の大小により壷掻乃至二腹三腹掻となす。壷掻は七〇〇5600本、二腹積は五〇〇↓ハ00本、三腹掻は三〇〇−三五〇本である。壷掻は樹周最も細く二〇土五センチにして掻取りの切症を上方に完につけて抜取る。二腹掻ほ樹周約四〇センチにして切碇を樹幹の表裏交互二列につけるJ二腹掻は三列につける。次に一期間に採集すべく定めたる本数を更に四分して四区となし、その云を一日問に横取り四区を腎間に横取り一巡し、五日目にほ云に戻り抜取る。かくの如く繰返すこと二〇余賢して辺掻を終る。但し降雨の日は横取を休止する。強いて行えば雨水ほ掻痕に浸入して樹勢を衰弱せしめまた漆液にも混入する。

さて漆液を掻取るには先ず舵をつくべき箇所を定め、皮剥にて粗皮を削りて掻取に優し、而して辺境の起点となるべき辺付を地上二五センチの所より上方に向かって約三七センチの間隔を置いてつける。掻症をつけるにほ揺鎌を用い、辺付ほ約六センチの横症をつけ、吉日に至り各辺付の上部に六人の間隔を置き、辺付よりやや長く蒜宛平行に症をつけ、直ちに掻鎌の背面にある鋭利なる尖刀にて庇の中心を深く突き切る、而して漆液の彦出したるところを鉄製の掻箆にて掻取り、漆壷(合筒)に移入する、辺付より歪までを初辺と称し掻庇を次第に延長して重要−姿芳書善一富川賢を1一差嘗重石塵−r嘗h貢ぎ喜…ノ1年ぎな宅言孝rlハ孟−至〜喜セ っける。六回目の盛物に至れば掻症の長さを志して八−九センチとなす。一八回以後に横取りたるものほ遅辺と称するが、操作ほ盛物と竺にして以上を辺漆と総称する。辺漆の横取終れば、樹幹の大部分は積症にて掩われ樹液の通ずる所は小部分となる。その間隙には比較的長き掻庇をつけて裏目漆および留漆を取り、次に枝漆を採集する。

▶︎鼓掻法

 鼓掻法も一種の殺掻法にして殺掻と大同小異である。異なる点は琴放の掻痕は辺付を慧として1方に毎回至線をつけるに対し、故掻ほ辺付を起点として毎回上↑竺線即ち二線宛つける。また採漆の時期は殺掻よりはやや遅れて着手し、樹勢盛んにして産出量多き盛夏の仮に採接する。漆液分泌衰うる頃にほ避辺を採り辺掻の日警短縮する(林業試験場報告第二号によれば、殺掻の一八〇日に比し、霊は6六日にして七四日を短縮し得る)。辺掻を終りたる後は直ちに裏目掃および留掻に着手する。一人一期間の採漆量は、殺掻は一人持樹数八〇〇本にして一〇八・四言グラム、故掻ほ一人持六〇〇本にして七丁七雷グラムほ扁である。次に故掻は殺掻に比し採漆時間少く採漆費を節約できる。然れども専門の漆掻工の場合は採漆量少く却って不利である。故に教授法は農家の副業としてこれを行えば有利である。

 

▶︎養生掻法

 養生掻は採漆により漆樹の衰弱を養生しながら枯死せざるよう保護して隔年採漆する。妄間ほ全く樹勢の快復のために休養せしめる、採漆に着手ほ殺掻より約二〇日間後れ七月上旬にして八月下旬には終る。その採漆法は殺掻と空であるが初辺遅辺も採集しない。養生掻は漆液の分泌最も多き盛夏の侯においての羞施するので、採漆能率56良くまた短期間に比較的多量にしかも優良なる漆を採集できる。されど現今の如く漆掻工を遠方より雇用し、或は漆樹を荷主聖冗却しなければならぬ事情においては不可能である。故に有利なる養生掻の実施せられぎる所以である。

▶︎ 樹皮圧搾採漆法

十四年生の漆樹の樹皮を剥取しこれを細断し、脂肪浸出器に入れ酒精をもって浸出したるにその量僅少なれば、更に圧搾後にて圧搾したるも湊出量少きをもって、試料を切断して検したるに、漆液港内の漆液は依然として存在するをもって、試料を圧搾機より取出し四〇%の酒精にて再三再四抽出したるも、発きの浸出量とを合算したる結果、一〇貫目の樹皮に対し僅かに五匁余を得るに過ぎなかった(上野公園に生育したる漆樹を守慶林学博士の指導にょり実験された)。

因に漆樹は成るべく太くして後採漆する方ほ比較的生産量多く有利である。例えば八年生樹と十六年生樹とを比較すれば、前者は一本平均四〇匁を生産し後者は三三〇匁を生産する。樹齢は二倍なるも生産量は八倍である。また樹周五寸−一尺二寸の範囲内においては樹の半径二乗に正比例するとも言われている。大木と小木との採漆につき品質ほ大木ほウルシオール多く水分は少い、小木はこれと反対である。

▶︎ 採漆法の改良試験

従来荷主および漆技工は漆樹ほ他の木材と異なり採漆以外に利用の道なきに乗じ、漆樹の価格を極度に低廉ならしめんとする宿弊がある。これが一般農家および栽培者の栽培意欲を失わしめたる最大の原因である。また外国産輸入漆の相場および漆器業の不振などにょり、価格は著しく低落することもある。斯かる場合には漆の立木は甚だしく下落して稀には栽培費を償わぬ程度にもなる。もしも栽培者自身が採漆の訓練あれば、立木の売却を止めて相場高きときに漆液として売る方が有利である。ここにも栽培者にほ採漆の用意が必要である。然るに従来採漆には特殊の技術を必要とする如く宣伝されしも、甚だしき謬見である。著者の体験によれば一、二回の採漆講習を受ければ容易に採漆できる。一般に採漆を忌避するのは漆かぶれを恐れるためである。しかし かぶわ凍瘡には杉突を揉んでその汁を患部に数回塗抹すれば容易に全治する。

さて各国の採漆法は、日本式、中国式、ベトナム式に三大別することができる。その相違は立地条件、環境或は習慣上にょるも、採漆の原理は同一である。本改良試験を実施するにあたりては他国の採漆法を十分に掛酌しなお我国に適することを条件として行い、その方法は掻痕は日本式の水平線を中国・ベトナムの如く斜線として掻鎌を使用した。横取には中国、ベトナムの如く貝殻を使用したるものと、日本式の摸箆を使用して採漆し、次に採集したる漆液を分析して成分を検定したる成績は次ぎの如くである(一〇九図参照)。

一、一箇の操舵より一回に漆液の溶出量二グラム以上に及ぶものは、 貝殻を使用する方が漆の損失も少く作業も容易である。

二、日本式と斜線式の溶出量ほ相違は認め難い。また樹周三〇七ソチ 以上のものはベトナム式は掻症が長いために産出量が多い。

三、樹周三〇センチ以下は漆液の彦出量は不良である。また樹皮の梨  肌は概して不良である。

四、採漆方法別においては日本式はウルシオールの含有量多く、また含窒素物も斜線式と共に多い。

五、水分の含有量ほ採漆方法別においては不定であるが、樹種別においては概ね二五−三二%である。

以上の結果を綜合すれば現今行われる七、八年生の漆樹に殺掻法を行ぅよりも十二年生以上のものに養生掻を行わば、その採漆法は日本式にょる斜線式にても大差なく、故に素人にも容易に実行し得る掻鎌を使用する斜線式ほ有利である。日本式養生掻の掻痕ほ癒着遅きも中国式および斜線式ほ早い。従って樹勢の快復も容易で早い。

▶︎朝鮮固有の採漆法

固有の採漆法は我国の瀬湿掻取法に等しく、四、五年生の幼樹を伐採しこれを水に一週間浸漬し或はそのまま火に象りて採漆するこの漆を普通火漆と称する。一般漆液に比し品質ほ劣る。かつて日本の統治下時代にほ漆樹の栽培を大いに保護奨励し、また採漆法を日本式に改め相当量を生産したるも現今の状況は明かでない。

▶︎中国の採漆法

中国は専ら養生掻にして樹齢は日本に比し多くこれほ養生横の結果である。最も若くも普通一〇年生以上にして概して一二、三年より二四、五年に至る問である。而して中国は一期間に採漬すべき本数は、樹数にあらずして採漆する庇ロより定める。即ち二千四百口を一人持となし、更に二千四古口を六分して四古口を一日の工程となす。六日間に一巡して七日目に至り最初に回帰して癒着したる庇口を切開して採漆する。これを繰り返すこと小木ほ三回にして普通は七、八回、多くも一〇回以上に至らない。また中国においても雨天にほ採漆を休止することは日本と同様である。次に採漆の方法はその地方によりて若干相違あるも一例を挙ぐれば、皮切小刀にて地上二二二センチ位の所に長さ凡そ六−一〇センチ幅五、六ミリ位に、樹皮を斜めに三日月に切り次にその上万一五−二〇セソチばかりを隔て反対に傾け同様の痕をつけて一対となす。而して上方下端の切口は下方切口の下端と一直線内にあらしめる。その直線を水に潤して上方の切口より渉出したる漆液下端の切口より彦出したる漆と合して、下方切口の下端に挿みたる貝殻または小竹筒に集める。なおこれに倣い六〇センチ位の間隔を置き上方に数対の切口をつける、もし漆樹大なる場合ほ二列または三列につけることは日本式の二腹掻三腹掻と同様である。或ほ漆樹の南面に地上約一メートルの所に長さ七、八センチ幅一センチ位の傾斜せる三日月形に切り、その下端に貝殻または木の葉を挿して漆液の受器となす。なおこの痕ロは上方に向かって約三〇センチ位の間隔を置き、樹幹につける蛇口は必らずしも相対とは限らない。庇ロをつける小刀は日本と異なり、両刃にして幅五セソチ位中間にある毛筆ようのものほ、上下の切口を水をつけて連絡用である。而して一年目の採漆を終り、その翌年は休養して三年目に至り、反対面の初年庇口の中間に切口をつける。四年日は初年の各症口の両側を三・、、り位宛切り拡げ凍液を分泌せしむる。五年目は三年目の症口を拡げる如くして隔年交互に採漆する。或は休養せず二年目に前年の庇ロの直下に痕をつけて採接する場合もある。かくの如くしたる症の数ほ小木にても一〇箇以上、大木ほ二五箇以上に達するのが普通である。愈愈産漆量減少すればこれを伐採する。

中国産生漆の名称は、日本産の如く採漆の時期により細別せず、集荷したる産地および品に応じて牌名を容器楕円形桶に明記して売買する。同一牌名の漆は同一の湊として取引されている。

建始産 大正元 福康 済成祥

毛唄産 福星和 広裕豊 借手成

流簟産 芳記 信和 等以外にもある。

▶︎ ベトナムの採漆法

産地は旧仏領印度支部の東京地方にして現ベトナムである。従って安南漆、印度漆およびトソキン漆の名がある。中国の採漆法に類似しまた日本の採漆法と共通点があり短期の養生掻とも言える。ベトナムの漆樹は発芽後四年目には採接することができる。三、四年生樹は一人にて四〇〇l五〇〇本を、五年生樹は三〇〇本位を横取る。三、四年生樹平均一〇〇本に対する只の使用数は一二〇個にして、五年生樹は三〇〇−四〇〇個である。一回採漆したる後は三日乃至六日間位休みたる後、前回の痕口の直下に症をつけて採漆し三年乃至四年にして全面より採漆する。その方法は地上一メートル位の所にダオソソと称する庖刀をもってⅤ字形の庇をつけ、下端に貝殻を挿して蓼出の漆液を受け集める。庇の長さは漆樹の大小によりて一定せぎるも約六、七センチにして幅ほ一セソチ位である。なお同一漆樹より三年乃至四年に亘り採漆するのが普通で、五年以上に至るものほ少く、多くは抜き取り新樹を植つける。