過去は未来を写す鏡でもあります。EXPO’70のバシェの音響彫刻を調査・修復・展示公開し、研究、教育、藝術の未来にむけて役立てたいと思います。
「東京藝術大学バシェ音響彫刻修復プロジェクトチーム」です。私たちは1970年の大阪万博で展示されたフランソワ・バシェの音響 彫刻を調査・修復・公開展示し、教育と研究、藝術に役立てるため集まりました。これまでの修復・研究の成果を引き継ぎ、東京藝術大学のネットワークと環境 を活かして、バシェの音響彫刻の研究を深め、そしてそれらの先に広がる創作に展開させたいと考えています。
このプロジェクトは東京藝術大学先端芸術表現科古川研究室(古川聖)と東京藝術大学ファクトリーセンター(藤原信幸)が共同し、各分野の専門家の協 力を得て進めていきます。調査と修復は東京藝術大学講師のサウンドアーティスト川崎義博と、金属造形家の田中航を中心として、バシェの若き後継者であるバ ルセロナ大学のマルティ・ルイツが協力します。その他に演奏家でもあるバシェ協会の永田砂知子、京都市立芸術大学教授の柿沼敏江らが協力し、シンポジウ ム、演奏会、ワークショップなどによる、研究・教育活動へと展開させていきます。
このプロジェクトの成果が学生や教員によるバシェの音響彫刻のための作曲、パフォーマンス、演奏というかたち、または新たな音響彫刻の創作へと繋がっていくことを願っております。
EXPO’70は太陽の塔だけじゃない! バシェ兄弟の音響彫刻の傑作遺構を復元
■彫刻と音楽の融合。音響彫刻のパイオニア、べルナール&フランソワ・バシェ
みなさんは、バシェ兄弟をご存知でしょうか?ベルナール(Bernard Baschet: 1917-2015) とフランソワ(François Baschet:1920-2014)のバシェ兄弟は1960年代頃から「音響彫刻」と呼ばれる独自の作品によってニューヨーク現代美術館(MOMA)をはじめ、べルリン美術館、パリ博物館など世界各地で活発に展覧会や演奏会を行ないました。
彼らは音響学の原理を応用し、素材と形態の組み合わせの実験と研究を重ねてこれまでにない「音響彫刻」ををつくりだし、これらを用いた前衛的なオーケストラを結成して世界中をツアーしました。彼らの活動は世界中の多くの音楽家に影響を与えました。日本では、世界的な作曲家である武満徹がバシェの楽器のために作品を書き、ツトムヤマシタが演奏しています。武満徹は黒澤明の映画「どですかでん」の中でもバシェの楽器の音を使用しています。
■武満徹がプロデュースし、バシェ作品が彩ったEXPO’70の鉄鋼館
バシェの作品が日本で注目を集めるようになったのは岡本太郎の「太陽の塔」がシンボルとなる、1970年の大阪万博(EXPO’70)でのことでした。パビリオンの一つである鉄鋼館の芸術監督を任された武満徹は、トロントで意気投合し、お互いに必ず一緒に仕事をしようと別れたフランソワ・バシェに音響彫刻の制作を依頼しました。フランソワ・バシェは日本に滞在して17点もの作品を造り、鉄鋼館のホワイエを飾りました。バシェは日本への敬意を込めて、当時の日本人スタッフやお世話になった人の名前を作品につけたのでした。
これまでの修復の経緯 ー蘇ったバシェの音響彫刻の響きー
万博終了後、音響彫刻は解体され少しずつ人々の記憶から薄れていきました。その後、鉄鋼館の倉庫で長年眠っていたバシェの作品は、2010年万博記 念公園のEXPO‘70パビリオンオープンの際に「池田フォーン」が修復・展示されたことをきっかけに、少しずつ修復の機運が高まります。2013年に万 博当時バシェの制作助手をした川上格知氏と、バシェの若き後継者といえるマルティ・ルイツよって「川上フォーン」「高木フォーン」の2体が修復され、大阪 万博EXPO‘70パビリオンと京都市立芸術大学で演奏会が行なわれました。
参考:2013年京都市立芸術大学、永田砂知子とマルティ・ルイツによるコンサート
2015年には京都市立芸大と京都芸術センターのプロジェクトにより、松井紫郎教授の協力を得て、マルティ・ルイツと学生たちによって、「桂フォー ン」と「渡辺フォーン」が修復され、京都芸術センターにおいてコンサートが開かれました。このコンサートにおいては、打楽器奏者の山口恭範氏を迎え、万博当時2名で演奏された武満徹の「四季」が4名のパーカッション奏者によって再演されています。
東京藝術大学においては、バシェ協会の依頼により川崎義博を中心に2015年5月に東京国立近代美術館で行われ た「大阪万博1970デザインプロジェクト展」関連イベントとして、コンサート、シンポジウム、ワークショップに協力、実施しました。コンサートでは、山 口恭範氏を迎え、「ムナーリ・バイ・ムナーリ」(作曲:武満徹)が演奏されました。2016年3月、これらの動きのまとめとして京都市立芸術大学の柿沼敏 江、バシェ協会、永田砂知子の参加により、東京藝大上野キャンパス芸術情報センターにてバシェ作品と修復をテーマにシンポジウムを行ないました。
残された全ての部材を東京藝術大学取手キャンパスに移送。ここから新たな調査と修復が始まります!
2016年9月、万博記念公園より連絡があり、残りの部材を川崎が自ら東京藝術大学取手キャンパスに移送しました。これを機会に改めて、東京藝術大 学においてのバシェ作品の修復が検討されます。そして先端芸術表現科古川研究室と東京藝術大学ファクトリーセンターが連携し、これまでの修復に関わってき た専門家と共に「東京藝術大学バシェ修復プロジェクトチーム」を立ち上げました。ここから新たに、材料、構造、音響、造形、修復方法などの多様な側面から 専門的な調査・修復をスタートさせていきます。
皆様からいただいたご支援の大部分は、「勝原フォーン」修復と、残りの部材の調査に充てられ、他の資金は展覧会、シンポジウム、演奏会、ワークショップの開催に充てられます。
■はじめに「勝原フォーン」の修復に着手します。
バルセロナ大学のマルティ・ルイツとの意見交換を経て、まずは修復組み立てが可能であろう「勝原フォーン」の調査・修復に着手します。「勝原フォーン」は 11枚の音響増幅部分とハープ状の3オクターブからなる構造体です。弦楽器タイプの音響彫刻の未知なる響きに期待が膨らみます。
■調査と修復の方針
調査・修復は東京藝術大学取手キャンパスの金工機械工房で行ないます。マルティ・ルイツの協力を仰ぎ、材料と構造の側面からより専門的に進めます。 現状の「勝原フォーン」は、音響増幅部分は歪みのため再制作が必要です。鉄の構造は腐食した箇所もあり、他にも弦の張り替えと調整、テンション機構の修理 など、地道な作業が要求されます。今回の修復では、材料の分析と詳細な採寸、図面化を行ない、再制作を可能にすることを目的とします。また、残された部材 の調査を行ない今後の修復のための基礎資料を作成します。
■展覧会、シンポジウム、演奏会、ワークショップ
修復した「勝原フォーン」は今年の12月に東京藝術大学陳列館で展示公開します。シンポジウムでは、音楽、楽 器、造形、それぞれの有識者を集い、バシェ作品の修復と音響彫刻の教育的、創造的意義について意見を交わし、今後の修復と活動に展開させていきます。コン サートは、演奏家の永田砂知子、マルティ・ルイツを中心として、音楽学部とも連携した企画も検討しています。バシェ作品の教育的、創造的意義を多くの人に 伝え体験してもらうためのワークショップも行ないます。
音、素材、造形。バシェの音響彫刻が持つ表現の広がりを今後の教育に活かしていきたい!
2013年に他界したフランソワ・バシェはこう語っています。
私たちの作品は、決して自己表現のためのものではありません。常に教育的な要求を優先してきました。
私たちは音楽と美術の両学部を備える東京藝術大学と、他の様々な教育機関と連携してバシェ作品の研究成果を活用していきたいと考えています。そして バシェの志に基づいて、子どもたちや障がいを持つ方々などへの教育・文化活動へと展開し、マルティ・ルイツと共に国際的な流れへと結びつけていきたいと考 えています。
これからも芸術文化の発展に寄与していくためにもこの活動の実現は、非常に重要な役割を果たしていきます。どうか皆様ご支援のほどよろしくお願い申し上げます。
勝原フォーンの図面をお届けいたします。
&修復報告ニュースレター
展示会場でのミニコンサートご招待します。勝原フォーンに触れる体験付き。
(上野キャンパス)