ダニール・オレゴヴィチ・トリフォノフ

 ダニール・オレゴヴィチ・トリフォノフ(英: Daniil Olegovich Trifonov 露: Даниил Олегович Трифонов 1991年3月5日 – )はロシアのピアニスト。

■来歴

 ニジニ・ノヴゴロド生まれ。5歳からピアノを始め、グネーシン音楽学校でタチアナ・ゼリグマンに師事。17歳前後から国際コンクールで上位入賞する。17歳でモスクワで開かれた第4回スクリャービン国際コンクールで第5位、第3回サンマリノ国際ピアノコンクールで第1位に入賞する。

 2009年にグネーシン音楽大学を卒業してクリーブランド音楽院でセルゲイ・ババヤンに師事。2010年には第16回ショパン国際ピアノコンクールで第3位入賞。

 2011年5月にはルービンシュタイン国際コンクールで第1位、優勝コンサートツアーをこなしながらまだレパートリーになっていなかったチャイコフスキーのピアノ協奏曲を練習し、その数週間後の第14回チャイコフスキー国際コンクールでも第1位かつ、全部門のグランプリに輝く。ババヤンは「チャイコフスキーコンクールの決勝でショパンの協奏曲を弾いて優勝した人はいない」とトリフォノフに言ったが、ショパンコンクールで十分弾きこんであるショパンの協奏曲を決勝で弾くように勧めた

 こんなピアニスト見たことない! 第3位を受賞した昨年10月のショパン国際ピアノ・コンクールから、年齢にそぐわぬ成熟した音楽性と、異様なまでの集中力をみせる演奏中の姿が話題になっていたロシアのダニール・トリフォノフ(Daniil Trifonov)。今年5月のアルトゥール・ルービンシュタイン国際ピアノ・コンクールで第1位、6月のチャイコフスキー国際コンクールではグランプリ(史上2回目の、第1位より上の最上位)を受賞し、世界でもっとも注目される若手ピアニストとなった。9月に東京で行なわれたチャイコフスキー・コンクールのガラ公演とソロ・リサイタルでは、“正統派の型破り”とでも呼びたい、ユニークな演奏を披露。どんな怪物的な“天才”かと思っていたら、本人はいたって元気いっぱいの、好奇心旺盛な二十歳の青年なのであった。

――今年の5~6月は、あなたにとってとても多忙な時期でしたね。ルービンシュタイン・コンクールとチャイコフスキー・コンクールに参加し、両方で優勝しました。

ダニール・トリフォノフ(以下、同) 「たしかに忙しかったけど、ルービンシュタインのほうは、チャイコフスキーに比べるとだいぶ気が楽だったよ。滞在していた海岸沿いのホテルから、たった50メートルのところに海が開けていたので、毎日散歩したり泳いだりしてたね。お天気も最高で(笑)。参加者みんなで泳いだり励まし合ったり、とてもいい雰囲気で、ちょっとしたバカンスみたいだった。コンクールの予選でも、アンコールを弾くことが許されていたしね」

(C)Photo: Diego Bracc

――そうだったんですね。チャイコフスキーはそれに比べると……。

 「気楽な雰囲気では決してなかったし、僕自身、直前のルービンシュタインのガラ・コンサートのツアーで、13日間に12のコンサートをこなさなければならなかった。そんなタイトなスケジュールだったから、モスクワに入れたのはピアノ選びの日だったんだよ。慌ただしいスタートで、最後まで自分の力がもつかどうか心配だった。でも、予選の間に4日間あったので、その間に回復することができたと思う」

――昨年のショパン・コンクールから、3つのコンクールであなたの演奏を聴いてきましたが、本選までフルでパワーをもっていく精神力には、ほかのコンテスタントにはないものを感じました。何か秘訣があるのですか?

 「音楽が始まったら、とにかく音楽に“吸い寄せられていくこと”かな。ショパンのコンチェルトなどでは、いつもオーケストラの前奏部分で緊張しているんだけど、弾き始めてからも緊張しているのはよくない。本選では、とくにリハーサルで指揮者に注文をつけたりしはしなかったよ。音楽に対する意見はあるけど、指揮者に対するものとは違う」

――チャイコフスキーの本選では、ラフマニノフの協奏曲第3番を弾くことも考えていたとか?

 「僕は、リストの第1番を弾きたかったんだ。僕の指導者であるセルゲイ・ババヤン先生から、ショパンのコンチェルトを弾いてチャイコフスキー・コンクールで優勝した参加者はいない、と聞かされていたから、それならリストを弾きたいと思った。でも先生は、弾き込んだショパンを演奏すべきだと指摘してくれた」

――その結果、見事優勝されましたが……あなた自身も、絶対優勝したかったのですね。

 「一次予選から“勝つぞ、勝つぞ”と思っていたわけじゃないよ(笑)。でも、自分らしさを十分に発揮することは目標にしていた。ちなみにラフマニノフの第3番は、今新しいレパートリーとして準備が進んでいるところです」

(C)Photo: Diego Bracc

――あなたの演奏を聴いていると、その瞬間のひらめきを演奏に反映させているような、即興の感覚を感じることがあります。

 「ヴラディーミル・ソフロニツキーの言葉に、こういうのがあるんだ。“即興は必ず、しっかり準備されていなければいけない”。僕が練習中に心がけているのは、いろいろな気持ちの込め方、いろいろなアイディアの取り込み方が自由にできるようにすること。音楽というのは流れている。変化している。その変化・変わり目に自分も柔軟に対応できるようにしておきたいんだ」

――素晴らしい練習法ですね。

 「練習中にいろんな気持ちのつけ方を心がけていると、いざステージで弾いたときに、すごく自由に弾ける。ひとつの枠にはまることなくね。あとは、音楽の自然の流れを意識しながら練習をすることかな」

――なるほど。ダニールさんは、すごい読書家でもあると聞きました。

 「(嬉しそうに)今読んでるのはトルストイの『復活』で、まだ1巻だけど、全部で3巻あるから大変! その前にはドストエフスキーの『白痴』を読んでいたし、オスカー・ワイルドや心理学者のユングの本も読むよ。でも、いちばん音楽に近いアートは映画だと思う。タルコフスキー、フェリーニ、アントニオーニ……ババヤン先生も映画好きなので、先生のところで一緒に観たりもするよ。映画は夢や無意識を描くことが可能だけど、音楽もそう。本能とか直観とか無意識とか……そういうものが音楽を構成している。だから僕の意識も、音楽と一緒に、いろいろなところへ旅をするんだ。曲によって、行き先は違うけどね」