どのように羽生選手は育ったか

■わき立つ五輪 殻を破った先の輝き

 平昌冬季五輪で羽生結弦、小平奈緒の両選手が相次いで金メダルに輝いた

 フィギュアスケートの羽生選手は昨年のけがからの復活。一方、スピードスケートの小平選手は16年以降出場したW杯で無敵を誇り、勝って当然という重圧の中で悲願を達成した。

   

 支え続けた人々の存在にも光が当たるが、何より2人に共通するのは、納得のいく練習環境を追い求め、そのためには失敗も、自らを変えることも恐れなかった姿勢といえる。

 

 羽生選手は外国人コーチの指導を仰ぐため、12年に練習拠点をカナダに移した小平選手は大学時代からのコーチの教えを受けながら、スケート大国オランダに2シーズン留学し、伸び悩んでいる点の改善に努めた。

 殻にこもらず、国際的な視点を重視する考え方はスポーツ界全体に広がる。中でもスケートは冬季競技の先頭をゆく

 スピード部門はメダルなしに終わったソチ五輪の反省を踏まえスポーツ科学の研究者を強化責任者にすえ、コーチをオランダから招請。そのもとで代表チームを固定化して長期合宿を行い、体系的な指導、食生活の支援、選手同士の交流を深めるなど異例の態勢をとった。

 銀と銅の二つのメダルを獲得した高木美帆選手は、そこに参加して力量をみがき、最近、世界記録を何度も更新している女子団体追い抜き(パシュート)にも期待が集まる。

 改めて思うのは、指導者が果たす役割の大きさ、そしてその人材の確保・養成にむけた技団体のとり組みの重要性だ。

 指導の目標や方向性をしっかりすりあわせたうえで契約を結ぶ。外国人コーチには競技知識を持った優秀な通訳をつけ、意思疎通に万全を期すなど、選手・指導者がそろって力を発揮するために何をすべきか、常に留意しながら進めることが成果をもたらす。

 日本出身の優秀な監督・コーチも大勢いるが、世界で活躍する人々と比べたときなお学ぶべき点は多い。例えばその選手が育ってきた背景や、土地の文化、歴史まで理解して教え導くコミュニケーション能力だ。

 招請した指導者を支えつつ、ノウハウを吸収する。自ら海外にわたってコーチ経験を積む。競技団体としてそうした機会を意識的に増やし、あるいは制度を設け指導者層を厚くすることに努めてもらいたい。

 平昌五輪閉幕まで1週間を切った。これから出場する選手の活躍を祈りながら、明日の隆盛につながるヒントを探りたい。

■羽生結弦の努力と創意工夫

彼は普通のフィギア選手と異なる点がある。それは自分で技術面と演技構成の創意工夫である。自分の回転時の飛び方を改善すべく挑戦するなみなみならぬ努力が見られる。

 試合で負けた後や失敗した後に多くを語るのも、自分の頭を整理し、記事やニュースとして記録してもらう。ミスをしたあとに、下を向いて無言を貫き通すようなことはない。「メディアを戦略的に利用している」という。陰陽師では曲の分析と演技構成の開発に自ら大学で学んだことを生かし情報システムの活用を図っていた。GPファイナル2015の『SEIMEI』 と、野村萬斎さんが演じた『陰陽師』安倍晴明の「舞」や映画でのシーンで、動きを重ねてみた。

 羽生には古傷がたくさんある。腰や左ひざ。足首の剝離(はくり)骨折。昨年11月に痛めた右足首は、けがで関節が緩くなり、捻挫しやすい場所だった。2014年11月の中国杯で他の選手と衝突し、頭部や左太ももなど5カ所を負傷。翌月の全日本選手権後には、胎児期に必要な管が出生後も残っていて痛む「尿膜管遺残症」と診断されて手術を受けた。16年4月、世界選手権が終わったあと、左足甲の痛みで夏に練習を積めなかった。同年12月の全日本選手権はインフルエンザで欠場した。その度に復活を遂げてきた。それを支えるのが、厳しい条件下で言葉で動きを整理した練習効率の良さだろう。リンクがないことに苦労した。ぜんそくで気道が狭く、古傷もあって長時間練習できない。週に4日か多くて5日。氷上練習は2時間弱だ。浅田真央が週7日、1日4、5時間も滑っていたのとは対照的だ。右足首が痛むのなら、その状態で技を決めるための「絶対ポイント」も見つけてくるはずだ。平昌五輪は、右足首の捻挫からの復帰戦であり、ぶっつけ本番になった。

■指導者のあり方

 ▶︎羽生選手のコーチ、ブライアン・オーサー氏に学ぶリーダー術

 世界最高点322点を取った羽生結弦選手のコーチであるブライアン・オーサー氏は、自身もオリンピックで銀メダルを2回とった選手でありながら、その経験ややり方を押し付るのではなく、選手ごとに異なる自信を与える方法で成果を出しています。キム・ヨナ選手、ハビエル・フェルナンデス選手など、全く違うタイプの選手の個性を見極め、選手に合った練習方法、モチベーションの高め方を利用するのです。

 コーチはたとえクライアントよりもよい成績をもっていても、押し付けてはいけない。重要なのは、羽生君にあった技術とゴールを決めること、誰でも異なるクセがあるので、それを見極めることである。

 その指導の結果が、今回の最高得点。頭ごなしに練習をさせていくのではなく、自分で考えさせ、導き、生徒に寄り添って指導して行く「チーム・ブライアン」のコーチング法をみてみましょう。

◯ピーク・パフォーマスをコントロールする

 キム・ヨナ選手、浅田真央選手、羽生結弦選手など、アジア人は苦しくて辛い練習であるほど、良いと考えてしまうそうです。しかし、オリンピックで調子を最高にするには、その前に練習しすぎないこと、失敗しても気にしないことが大事だと説きます。やみくもに長い練習や、きつい練習をするのではなく、それをあえてやらせずに練習不足だと思わせない。採点のポイントをあげるためには、「華があり、皆がとびたがるトリプルアクセルなどの難しい技を、あえて選ばせないことも重要だ」と説いています。基礎スケーティングをしっかりやることが、ジャンプの安定につながり、オリンピックのような大舞台では緊張に押しつぶされずにどれだけ日常状態でピークを迎えられるかが鍵だそうです。本番の入試の前に、難問ばかりやって、自信を失うよりも、基礎をしっかりやることに共通しますね。

◯個性に合った指導をする

 「放っておくと、1日中寝ています」と自分自身も語っているハビエル・フェルナンデス選手は、コーチがしっかり管理しないと、寝坊したり靴紐に気をつかわなかったり集中力が持たないので、怒らないで細かくフォローして面倒を見る必要があります。
反対に羽生選手は真面目すぎて、すべて完璧にやりたがり事前練習で疲れてしまう時があるそう。羽生選手に対しては、たとえ調子が悪い時があっても心配させないようにルーティンを決め、オフをとって休ませるなど、全く正反対の二人には、違ったアプローチを行っています。

 「結弦もヨナも、私のところへ来る前から的確な指導を受けていた。だからこそ国際レベルに成長した。過去の指導を否定したり、クセを直そうとしてはいけません。選手のすべてを受け入れ、こちらが合わせるのです

 「結弦と2年間やってきたことは、結弦の性格や練習のタイプを知り、彼が求めているモノを与えることです。彼の場合は自分で考えながら練習したいタイプですから、むやみに口出しすることは控えました。私はトリプルアクセルが得意でしたが、私と同じフォームで跳べと言ったことは一度もありません」

(引用元:「チーム・ブライアン」)

 以上の発言からも、自分の成功体験を押し付けない、選手個人個人の性格をしっかりと見極め、その結果一人一人の性格に合った指導法を導きだしている様子がうかがえます。

◯リーダーだからって抱え込まない。指導者をあえて増やす作戦

 また、「チーム・ブライアン」と呼ばれるだけあり、スピン、ジャンプ、メンタル、振り付け、マーケティングなど、分野別に20人ぐらいの専門家に任せることでプログラムの指導を完璧にします。やろうと思えば自分で全てできる分野であっても、それぞれ細分化して専門家をつけることで、より高度でロジカルな指導が可能となったのでしょう。このチーム、驚くことに、結成以来8年間誰も辞めていないそう。そこにも、チームや選手の満足度が表れていますね。

 ラグビーのエディー・ジョーンズ監督は、スクラム強化のために元フランス代表の選手を呼び寄せて特訓をした結果、春シリーズでのスクラムのクリーンボール供給率は80%を超えた、と話しています。このように、任せられる部分は全幅の信頼を置いた他人に預けることもチームのパフォーマンス向上におおいに役に立ちます。 選手に対してはもちろん、監督仲間にも自分の考えや方法を押し付けず、それぞれの個性や指導法を尊重して、まさにチーム一丸となって最高の結果を導きだしたことが分かります。
日本でよく、「トップ営業マンが良い上司になれるとは限らない」と言われますが、それは成功体験があるからこそ自分の経験を押し付けがちだから。チームのメンバーの性格や得手不得手はあなたとは違います。チーム運営で結果を出すリーダーを目指す方にすごく参考になります。まずメンバーの性格をしっかりと考えるところからスタート!

『チーム・ブライアン』ブライアン・オーサー著・講談社 2014年より