「公文書」は幻想か

■「公の文書」は幻想か

 財務省が公文書を改ざんし、防衛省は日報を何度も隠し、厚生労働省はほぼ黒塗りの文書を出す。そこに「公文書は国民の財産」という意識は見えない。「公の文書」というのは幻想なのか。

▶︎「役人のもの」意識、今でも 

瀬畑源さん(長野県短期大学准教授)

せばたはじめ 76年生まれ。専門は日本近現代政治史。著書に「公文書問題」、共著に「国家と秘密 隠される公文書」

 一連の問題は、「公文書が国民のものである」という考えログイン前の続き方が歴史的に根付いてこなかった表れだと感じます。

 明治以来、公文書の管理は各省に任されてきました。明治憲法下では、各大臣がそれぞれ天皇を補佐する「単独輔弼(ほひつ)制・<天皇の行為としてなされるべき、あるいは なされざるべきことについて進言すること>」で、いわば究極の縦割り体制でした。各省が自分たちが必要だと思う公文書は残それ以外は捨てる。要するに公文書は「役人のもの」であり、役所ごとに管理もばらばらだったのです。

 この「縦割り」は、戦後もほとんど変わりませんでした。米国は統治のために、官僚組織を温存したからです。官僚は戦後も公文書を「自分の文書」として扱い続けました。

 状況を悪化させたのは、自民党の長期政権でした。政権交代がなく、官僚と族議員が情報を握り続け、文書を他人に公開する、という意識が全く育ちませんでした。野党になるおそれがあれば、その際も情報が取れるように公開の仕組みを作る動きが出てくるのですが、それがなかった。

 情報公開法が施行されたのは21世紀の2001年になってからです。公文書を国民に見せる、という意識が全くなかった官僚は過剰反応し、悪い方向に走りました。公開をおそれて、文書はなるべく作らず、作ってもすぐに捨て、メモと称して公文書にしないことが横行したのです。

 重要なのは問題が起きたあとの対応です。東日本大震災の後、原子力災害対策本部の議事録が未作成だったことが発覚した際、担当大臣の岡田克也氏は、徹底調査を行い、できる限り議事録を復元し、今後の緊急時の議事録作成基準を定めました。

 それに対し、安倍政権の対応はお粗末でした。昨年2月に佐川宣寿・前理財局長が「森友学園との交渉記録は廃棄した」と言った際、記録の再現も、調査もしなかった。

 まず明治以来の「縦割りの公文書管理」を改める必要があります。強い権限をもつ「公文書管理院」を作り、一元管理させるべきです。

 そして何よりも重要なのは、公文書に対する官僚の意識を抜本的に変えることです。文書は国民のための大事なものだという根本の理念が浸透しなければ「捨てる」「改ざんする」「隠す」という行動様式は変わりません。

 公文書を残す必要があるのは、国民の権利が侵されたという疑念が生じた時、その経緯を説明するためです。例えば、旧優生保護法のもとで行われた不妊手術の強制では、行政に記録が残っていないケースが多く、実態が分からないままです。公文書は現在だけでなく、将来の国民への説明責任を担保するものです。「こういう論理で、こう判断した」という公文書を残すことは、国家が歴史に対して背負う重要な責務です。(聞き手 編集委員・尾沢智史)


▶︎「個人資料」、抜け穴ふさげ

 森田明さん(弁護士)

 私は2011年から3年間、国の情報公開・個人情報保護審査会の常勤委員を務めました。情報公開請求が非公開になった際、不服申し立てを審査する組織です。公文書公開に対する各省庁の姿勢をつぶさにみてきました。

 「公文書は自分たちのものだから、外部にどこまで見せるかは自分たちが決める」というのが、情報公開に対する霞が関の本音だと思います。

 公開請求があり、該当文書が多くある場合、役所側が簡単な文書を選び、限定公開するケースが少なからずありました。「専門文書よりわかりやすいので」などという自分勝手な理屈でした。「情報公開は義務ではなく、広報活動」という意識から抜け出していないわけで、そこに根本的な問題があります。

 公開対象を勝手に狭めるだけでなく、公文書の管理自体もずさんで、根強い隠蔽(いんぺい)体質も以前からありました。

 特にひどかったのが防衛省です。最近も、イラク派遣の自衛隊日報隠しが明らかになりましたが、隠蔽体質は以前からでした。存在する文書を存在していないかのように審査会に説明したり、非公開とされた文書を審査しようとすると別の文書を提出してきたり。審査会は答申の付言で「隠蔽を疑わせる」などと忠告してきましたが、省内では真剣には受け止められませんでした。その後、一連の日報隠しが表面化したのです。

 私がいま一番懸念しているのは、各省庁が多くの公文書を、公開や保存の対象となる「行政文書」の区分から常に外そうとしていることです。

 集団的自衛権の限定行使を認めた閣議決定に関する想定問答文書を請求された際、内閣法制局が「行政文書ではない」と主張したのは、その典型でした。審査会は昨年、その法制局の見解を覆して「行政文書である」との答申を出し、公開させました。

 官僚が仕事でつくった文書はほぼすべてが行政文書であると考えるべきです。省庁はそろそろ意識を変える必要がある。ただ、幹部クラスは「情報は自分たちのもの」という感覚から抜けきれていません。公文書を保存し、公開する理念が浸透するには、官僚の世代交代を待たなくてはいけないかもしれません。

 今月から、省庁の文書管理規則の運用が変わりました。意思決定過程の検証に必要な文書は原則1年以上保存するという内容です。1年以上であれば廃棄には内閣総理大臣の同意が必要になるので、改革の第一歩としては評価できます。

 ただ、「個人資料」という区分の穴が残っています。イラク派遣の日報は当初、個人資料であり、行政文書ではないとされていました。個人資料扱い、という抜け穴を一刻も早くふさぐべきです。(聞き手・日浦統)

 もりたあきら 55年生まれ。元内閣府情報公開・個人情報保護審査会委員。元神奈川大学法科大学院教授。

■参照 

各府省庁が作成した新たな行政文書管理規則の運用が2018.4.1から始まった。学校法人「森友学園」の国有地売却をめぐり、文書管理のあり方が問われたこともあり、意思決定過程の検証に必要な文書の保存期間を「原則1年以上」とすることなどを盛り込んだ。ただ、新規則のもとになった改正行政文書管理ガイドライン(指針)は、財務省の決裁文書改竄問題が発覚する前に作られただけに、早くも改竄への対策など規則の見直しも迫られそうだ。

 公文書の管理をめぐっては、森友問題や防衛省の南スーダン国連平和維持活動(PKO)の日報問題が続発したことを踏まえ、政府が昨年末に指針を改正した。

 新たな指針は「意思決定過程や事業の実績の検証に必要となる行政文書については、原則として1年以上の保存期間を定める」と規定した。外部との打ち合わせ記録は「相手方の発言も可能な限り相手方に確認するなどして正確性の確保を期する」と明記した。

 こうした要素は各府省庁の新たな管理規則に盛り込まれた財務省では、契約に関する決裁文書について、保存期間を契約終了日の翌年度から5年間ともしている。

▶︎英国、国民財産の考え浸透 

奈良岡聰智さん(京都大大学院教授)

 本の公文書管理に様々な問題があるのは明らかですが、過去20年でかなり進歩はしています。2001年に情報公開法11年には公文書管理法ができ、情報公開請求も盛んです。

 中央官庁に勤める中堅・若手の官僚たちに聞くと、公開請求への対応にかなりの労力を割いており、懸命に向き合っている面は評価してよいと思います。そのうえで、各省の情報公開への対応と、公文書の管理の両面で、さらに改善する必要があります。

 歴史研究者であり、公文書を検証するユーザーである私から見て、情報公開や歴史的な公文書管理で最も進んでいるのは、英国と米国です。

 英国では、新たな公文書は各省が保管し、情報自由法に基づいて公開されます。

 そして作成から20年(一部は30年)が経過した公文書で重要なものは、英国立公文書館に移され、永久保存されると共に原則公開もされます。

 現在の英国の公文書管理制度のもとになった公記録法が制定されたのは1958年です。公的な記録は、国民の財産であり、民主主義を支える大事な要素だから、きちんと保存し、みんながアクセス権を持てるようにする、という考えが根づいているのです。社会全体で、行政の意思決定や、公権力がどのように行使されたのかを検証できるようにし、行政の透明性を確保するコンセンサスができているということでしょう。

 英国立公文書館は「歴史的に価値がある重要文書は永久に保存し、できるだけ公開する」というのが基本姿勢です。しかし、多くが公開される一方で、公開されないものもある。外交・安全保障、王室や個人情報などに関係する文書には公開されないものも少なくないのです。公開すれば、混乱を生んだり、効率的な仕事を妨げたりするとの判断であり、「公開するのも、公開しないのも、公益だ」というのが、彼らの立場です。

 日本にも1971年設立の国立公文書館があります。ただ、職員数はわずか175人です。英国の約600人、アメリカの3112人、ドイツの687人は言うまでもなく、韓国の471人にも水をあけられています。日本では公文書を持つ各省庁が公文書館の権限を強めることに反対していることが一因のようです。

 文書をどう残すかは、行政府だけではなく、立法府、そして日本のさまざまな組織に共通する課題です。日本人が過去とどう向き合うか、という根源的な課題も内在しています。

 今回の公文書問題を、公文書に限らず、社会全体で必要な文書をどう残し、将来公開するための安定的な仕組み作りをどうするべきかを話し合う良い機会にするべきです。(聞き手・諏訪和仁)