量子コンピューター
■量子コンピューター
(杉本崇、小宮山亮磨)
超高速計算の実現が期待される量子コンピューター。その一つとして日本の研究チームが発表した「QNN」は、これまで考えられてきた原理とは異なる方式で、研究者から異論が相次いだ。定義をめぐる議論が始まる一方、国内外で様々な方式の研究が進む。
「量子コンピューターの定義が混乱しているので、整理したい」
東京工業大の西森秀稔教授は昨年12月、メディア向けの勉強会でこう話した。
きっかけは、内閣府の研究支援制度「革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)」の研究チームが昨秋、量子コンピューターとして発表した「QNN」だ。光ファイバーで異なる波長のレーザー光が相互に干渉し合うことを利用して計算する。
この方法をめぐり、専門家からは異論が相次いだ。QNNは装置の根幹に、従来のコンピューターと同様に電子回路を使っており、量子力学的な効果で計算が速くなる「量子加速」はないと見られたからだ。
国立情報学研究所の松本啓史准教授は「量子コンピューターと呼ぶには、量子加速があることが条件。この考えに同意しない専門家はいないはずだ」と話す。
一方、QNNを開発した山本喜久プログラムマネジャーは「これまで専門家が想定していた方式とは異なる量子コンピューターだ。量子加速はあるが、理解が進んでいない」と説明する。
国際学会では現在、量子コンピューターに関する用語を統一する議論が進んでおり、西森さんはその中で、定義も明確にすることを提案している。西森さんは「1、2年で決まるのではないか」と話している。
▶︎量子アニーリングを中心とする量子コンピューティングや量子相転移の理論的研究をしています。量子力学や統計力学といった物理の基本的な学問体系の知識が量子コンピュータという大きな社会的影響力を持つ装置の開発に直接結びつく、大変エキサイティングな分野です。
■海外の装置、商用化も
量子コンピューターのアイデアは、1985年に英国の物理学者デビッド・ドイチュが提唱した。
量子力学が働く極微の世界では、ものごとが「0であり、1でもある」という重ね合わせの状態になる。これを使えば、計算を一つずつ順番にこなす従来のコンピューターの限界を超え、複数の計算を同時並行でこなせるという考えだ。これが量子加速を生む。
ただ、重ね合わせの状態は、わずかな熱の変化ですぐに壊れてしまう。そこで、極低温を保った「量子ビット」を組み合わせた「量子ゲート」を大量につくり、自在に操る「ゲート型」という方法が、米国などで研究されてきた。IBMは昨年11月、20~50個の量子ビットを使った装置を発表。グーグルも今月、72個の量子ビットを持った装置を発表した。
それでも、道は半ばだ。京都大の藤井啓祐・特定准教授は「実用レベルでスパコンを上回るには、量子ビットが最低でも1万個は必要。従来のコンピューターに例えれば、現在はトランジスタの集積回路化が始まった1960年代くらいのレベル」と話す。
▶︎ゲート型以外の方式も、研究が進んでいる。
カナダのD―Waveシステムズは11年、「量子アニーリング」と呼ばれる方式の計算機を商用化。マイナス270度付近で起こる現象を使って計算し、無数の選択肢から最適解を見つけるのに向いているとされる。米航空宇宙局やグーグルなどが導入している。
国内では、東大の古澤明教授らによる光を使った方式や、樽茶(たるちゃ)清悟教授らが取り組むシリコン基板を利用した方式などが研究されている。文部科学省は来年度予算で、基礎研究に数億円を支援する計画で、年度内に公募を始める予定だ。