法隆寺金堂壁画

壁画に迫る、現代の技 材料や内部の傷、3次元で探る法隆寺金堂壁画

 壁画ワーキンググループの材料調査班(座長=高妻洋成〈こうづまようせい〉・奈良文化財研究所埋蔵文化財センター長)は、焼損壁画にどんな材料が使われていたのか、その保存の課題は何かを科学的に探っている。今後、様々な先端技術を使った詳細な調査が本格化しそうだ。

 高妻座長は「壁画にログイン前の続き触れずに状態を知ることが重要」と考え、3次元レーザースキャンなどによる非破壊分析を進めていく考えだ。3次元レーザースキャンは、精密な表面計測を短時間で実施できる。微細な凹凸を立体的に捉えることが可能で、この手法は「飛鳥美人」で知られる極彩色壁画がみつかった高松塚古墳(奈良県明日香村)や、日本初の本格的な宮廷庭園跡とされる飛鳥京跡苑池(えんち)(奈良県明日香村)の遺構の計測でも実施された。

 また、場所や角度を変えて撮影したデジタル写真のデータを重ね、壁画などの表面の凹凸を知ることができる最新技術の導入も見込まれている。写真をたくさん撮影すれば、安価なソフトウェアで解析できることから、レーザースキャンを使うよりも手ごろだという。

 「焼損壁画の場合は最初に3次元レーザーとデジタル写真の解析で計測し、その後は定期的にデジタル写真を撮影していけば、比較的軽易に表面の経年変化を調べられるはずだ」と、高妻さんは見る。

 一方、壁画が描かれていた壁の内側は今、どうなっているのか。焼損の影響は表面のみならず、壁の内部にまで及んでいるのではないか。この疑問にこたえるために、「テラヘルツ波」と呼ばれる特殊な電磁波の利用が検討されている。

 壁画の描かれていた土壁は、もともとは厚さ16センチだったが、焼損後に壁画を収蔵庫に運ぶにあたって軽量化を目指そうと、厚さ8・5センチまで削っていた。それでも内部を見通すのは至難の業だが、テラヘルツ波であれば表面から数ミリ内側のところまで見通すことが可能だ。解像度は落ちるが、ミリ波と呼ばれる弱い電波を使えば、10センチ内側にある1ミリ幅の傷を見つけることができる。

 テラヘルツ波は近年、高松塚古墳の壁画の調査でも使われ、壁画の下地にあたる漆喰(しっくい)と、その下の凝灰岩の石材との間に微細な空洞が多数あり、劣化が進んでいることを突き止めた。文化庁の担当者は「壁画の修理が始まった10年前には見つけることのできなかった損傷を、今は知ることができるようになった」と驚く。文化庁は日本画の修理にも使われる動物性の「にかわ」を使い、こうした漆喰のすき間を一つひとつ補強していく方針だ。

 法隆寺の焼損壁画についても、外側から見ることのできない壁面内部を先端技術によって見通すことで、新たな発見や、万全な保存対策の立案につながることが期待されている。

◆法隆寺金堂壁画

 法隆寺金堂の内壁に描かれた日本最古の仏教壁画。釈迦如来や薬師如来などの群像を描いた大壁4面(高さ約3・1メートル、幅約2・6メートル)と、様々な菩薩像を描いた小壁8面(同、幅約1・5メートル)の計12面からなる。仏像群を安置する「内陣」の上部壁に20面の飛天図が配されていた。1949年1月、堂内からの出火で飛天図を除いて壁画は焼損。合成樹脂や鉄枠で補強され、境内の収蔵庫で保管されている。

■生きる、高松塚・キトラの経験

 高松塚古墳(7世紀末~8世紀初め)とキトラ古墳(同)、奈良県斑鳩(いかるが)町の法隆寺金堂(7世紀)に描かれた壁画は、飛鳥時代の美を伝える至宝だが、現代人が保存に苦しんできた文化財でもある。

 高松塚古墳の極彩色壁画をめぐっては、1972年に発見された後、壁画を守るためにコンクリート建物を設けるなどしたが、カビの大量発生や壁面の劣化は防げなかった文化庁は前代未聞の石室解体に踏み切り壁画の描かれた石材を古墳内部から取り出して壁画を修理することに追い込まれた。

 キトラ古墳は83年、発掘せずに石室内部を探るファイバースコープによる撮影が試みられ、「玄武(げんぶ)」の発見で注目を集めた。その後も相次いで壁画は発見されたが、壁画の下地にあたる漆喰(しっくい)がはがれかけるなど危険な状態に陥ったことが判明。2004年から国内で初めて壁画をはぎ取る作業が進められた。

 一方、法隆寺金堂壁画は49年の火災で焼損した後、境内の収蔵庫に安置された。保存問題では高松塚とキトラの「先輩」だが、関心を集める機会は少なく、静かに庫内で眠ってきた。

 今世紀、高松塚とキトラの壁画で著しい劣化が明らかになると、様々な分野の知恵が集められ、分析と保存の技術が進んだ。表面の凹凸を再現するなど精巧な複製品(レプリカ)が造られ、漆喰裏に隠れたすき間や傷を電磁波探査で見つけ出せるようになった。古墳と壁画を分離させるという、「遺跡の現地保存」の原則に反するマイナスからの出発だったが、文化庁などは着実にノウハウを蓄積してきた。

 その経験は、法隆寺焼損壁画の総合調査に生かされようとしている。さらには、将来の文化財保存や海外の文化財保護にも生かされることになるだろう。(編集委員・小滝ちひろ)…

■画像資料(高松塚古墳石室)