光免疫療法

■”光”でがんを攻撃する「光免疫療法」最前線

 がん細胞をピンポイントで攻撃する新たな治療法の開発が進んでいます。光を当ててがん細胞を壊す「光免疫療法」です。アメリカでは、手術や放射線療法でがんが治らなかった患者のがんが縮小するという臨床試験の結果が出ています。

 「光免疫療法」とは、「光」と「免疫」の2つを使ってがんを攻撃する治療法です。がん細胞の表面には特有のたんぱく質が見つかることがあります。そこで、そのたんぱく質に結合する「抗体」を作ります。次に、この抗体に、ある特殊な物質をくっつけます。その物質は「近赤外線」の光を当てると壊れる性質を持つ物質。こうして作られるのが、「特殊な物質が付いた抗体」ということになります。これを点滴でカラダの中に入れると、抗体は次々にがん細胞の表面にくっつきます。そうしておいて、次に、がんのある部分に向けて、近赤外線を照射します。すると、抗体に付いた物質が壊れ、それに伴い、がん細胞の細胞膜が壊されて死滅します。するとさらに、死滅したがん細胞のかけらを、「免疫細胞」の一種である樹状細胞がキャッチ。すると、T細胞という免疫細胞が、がん細胞を攻撃するようになります。

 この光免疫療法を開発したのは、アメリカ国立衛生研究所(NIH)の小林久隆さん。放射線科の医師としてがん患者さんを治療してきた経験をもとに、新たな治療法の研究を進めてきました。

 今年中には、国立がん研究センター東病院(千葉県柏市)で、頭頸部がんの患者さんを対象に臨床試験が始まる予定です。新たながんの治療法の一つとなるのか、今後の臨床試験の結果に注目です。


■西村智(自治医科大学) データ集リンク

■坪井貴司(東京大学)


■NHKスペシャル「人体」

▶︎命を支える“神秘の巨大ネットワーク”

 最先端の映像にビックリ!体の中がここまで見えた


光超音波3Dイメージングで撮影された手の血管網(内閣府ImPACT 八木プログラム/京都大学医学部附属病院/キヤノン)

 まず何より目を見張るのは、格段の進歩を遂げたさまざまな映像技術です。これは、「光超音波3Dイメージング」という最先端の手法によって撮影された、手の血管網です。太さわずか0.3ミリの微細な血管まで、ありありと映し出されています。これまで、こうした細い血管像をとらえるためには、「造影剤」と呼ばれる物質を血管に注入する必要がありました。しかしこの手法では、体に負担をかけず、がんやリウマチ、糖尿病などの病気が血管に与える影響をいち早くとらえることができます。病気の早期発見に利用できるのではないかと期待される、画期的な新技術です。

腸の細胞が”メッセージ物質”を放出する瞬間(東京大学 坪井貴司 原田一貴)

 この緑色の光の点の集まりは、東京大学・坪井貴司教授の研究室で、特殊な蛍光顕微鏡と超高感度4Kカメラを組み合わせて撮影された「腸の細胞」(画面中央のほぼ全部が一つの細胞)です。良く見ると、時折細胞のあちらこちらから光が発されています。超ミクロの物質が細胞から放出されているのです。その物質とは「インクレチン」。消化された食べものが腸内に入ってきたのを察知し、「ごはんが来たぞー!」という“腸からのメッセージ”を全身に伝える物質を放出していることが突き止められました。

“メッセージ物質”が 健康常識や医療を変える!

 さまざまな”メッセージ物質”が体内を行き交っている。このインクレチンのように何らかの“メッセージ”を伝える物質が、人体のあらゆる臓器や細胞から放出されていることが、いま次々と発見されています。医学の世界では、そうした物質を「ホルモン」や「サイトカイン」、「マイクロRNA」などさまざまな名前で呼んでいますが、今回の「人体」シリーズでは、よりわかりやすく“メッセージ物質”と呼ぶことにしました。その数は、数百種類にものぼると言われています。これまで、脳などごく限られた臓器がそうした“メッセージ物質”を出していることは知られていましたが、実は脳からの指令を待たずして、全身の臓器たちは直接メッセージをやりとりし、情報交換しながら、私たちの命や健康を支えていたのです。

CG 全身の血管網

 各臓器や細胞から放出された“メッセージ物質”は、全長10万キロともいわれる血管網を「情報回線」にして行き交い、ほかの臓器や細胞に受け取られます。すると、受け取った臓器によって、異なる反応が引き起こされます。こうした“メッセージ物質”の発見が、いま医療の現場に次々と革命をもたらしています。その例をいくつかご紹介しましょう。

▶︎“メッセージ物質”が がんの転移・再発を抑える!

 日本人研究者・寒川賢治さんは、脳が出すことが知られていた“メッセージ物質”と同じような物質を、心臓の細胞(心房細胞)も出していることを発見し、世界から大注目されました。その“メッセージ物質”の名は、「ANP」。何らかの原因で血圧が上がり、心臓に負担がかかると、心臓の細胞から盛んに放出され始めます。いわば「疲れた、しんどい」という心臓からのメッセージを全身に伝える物質であることがわかりました。このANPがもつ能力を利用して、なんとがんの転移・再発を効果的に抑えようという、全く新しい治療への扉が開きつつあります。(詳しくは、世界初!心臓からのメッセージで「がん転移予防」を参照)

心臓が出す”メッセージ物質”・ANPを がん治療薬に

▶︎「がん細胞のメッセージ」!? がん検診を変える大発見

 私たちの体内で”メッセージ物質”を使って情報発信をしているのは、臓器だけではありません。なんとあのにっくき「がん細胞」も、“ウイルスメール”のような巧妙な仕組みを使って、私たちの体をだます“メッセージ物質”を繰り出し、ほかの場所への転移を果たしていることも分かってきています。

 しかし医学者も負けてはいません。”がん細胞からのメッセージ”をとらえることで、たった1滴の血液から13種ものがんを早期発見できるという、画期的ながん検診法が開発されつつあります。(詳しくは、がん検診に大革命!血液一滴で13種のがんを早期発見 を参照)

CG がん細胞から出たエクソソームが侵入する様子

▶︎「メッセージの解明」で人生が変わる!

 “メッセージ物質”の解明によって、これまで治療が困難だった病気にも、革新的な治療戦略が登場し始めています。番組では、その代表例として、国内の患者数70万人といわれる「関節リウマチ」の新しい治療法をご紹介しました。患者さんの体内で、ある“メッセージ物質”に異常が引き起こされていることが明らかとなり、それを抑える新しい薬の開発によって、劇的な改善がみられ始めたのです。詳しくは、国内患者数70万人・治療困難な関節リウマチに特効薬! を参照)

CG ”メッセージ物質”・TNFαをターゲットにした生物学的製剤

▶︎「人体ネットワーク」が新たな世界を切りひらく

 臓器や細胞の間で交わされる、ひそやかな会話。いま世界の研究者たちが、新たな“メッセージ物質”を発見し、その働きを明らかにしようと、研究を競いあっています。さまざまな病気の原因にも、“メッセージ物質”のやりとりに起きているなんらかの異常が密接に関係していることが明らかになってきました。

 そんな「人体ネットワーク」という全く新しい人体観の解明が、私たちのこれまでの健康常識や、病気の治療法に、どんな大転換をもたらしているのか。シリーズ「人体」では、第1集から第7集まで7回にわたって、壮大なスケールで解き明かしていきます。