「21年ぶりパルムドール受賞 理由と意義」
名越 章浩 解説委員
世界3大映画祭の1つフランスのカンヌ映画祭で、是枝裕和監督の「万引き家族」が最優秀賞のパルムドールに選ばれました。日本の映画としては21年ぶりの受賞です。この受賞の理由と意義について考えます。
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解説のポイントは3つです。
▼まず、なぜパルムドールが注目されるのか、その理由について解説します。
▼そして、受賞した作品は、どんな点が評価されたのか。受賞の理由を分析します。
▼さらに、21年ぶりの快挙の背景にある是枝さんが信じる映画の力について、考えます。
まず、パルムドールについてです。フランスのカンヌ映画祭は、ドイツのベルリン国際映画祭、イタリアのベネチア国際映画祭と並んで、世界三大映画祭と言われ、この映画祭で上映されること自体が、映画関係者にとっては名誉です。
その最高賞、パルムドールは、誰もがあこがれる賞といっても過言ではありません。過去、日本からは、1980年、黒澤明監督の「影武者」、1983年、今村昌平監督の「楢山節考」、さらに1997年、今村昌平監督の「うなぎ」など、名監督が受賞してきました。
しかし、その後、日本の映画はパルムドールから遠ざかっていたため、今回の受賞が、実に21年ぶりの快挙となり注目されたのです。
では、何が評価されたのでしょうか。
ひと言で言えば、是枝監督が長年テーマにしてきた「家族」を通して、社会のひずみを浮き彫りにする作風が評価された、ということです。
受賞作、是枝裕和監督の「万引き家族」は、東京の下町で年金をあてに暮らしながら足りない生活費を万引きで稼いでいる家族を描いた作品です。
これまでにも、こうした問題を提起する社会性のある映画を是枝監督が送り出してきました。
例えば、2013年の福山雅治さんが主演を務めた「そして父になる」。
出産時に病院で子供を取り違えられた、血のつながらない親子の葛藤を描き、カンヌ映画祭の審査員賞を受賞しました。
また2004年の作品「誰も知らない」では、育児放棄された兄弟の姿を描き、主演の柳楽優弥さんが日本人として初めてカンヌ映画祭の最優秀男優賞を受賞しました。
テレビのドキュメンタリー番組を作ってきた、その経験を生かして記録映画のように作られる手法が高く評価されています。
是枝監督は、カンヌ映画祭にはほかの部門も含めると今回で7回目の参加となり、パルムドールに最も近い日本人の1人として、近年、名前が挙がり続けていました。
では、高く評価されながらもパルムドール受賞には至らなかったこれまでの作品と、今回の作品は何が違うのでしょうか。
映画研究が専門の城西国際大学メディア学部長の掛尾良夫さんは、是枝作品のさらなる進化が、高い評価を受けた理由だと言います。
どういうことなのでしょうか。
そもそもカンヌ映画祭は、商業的な映画よりも、社会や政治問題をテーマにした作家性の強い作品が高く評価される映画祭として知られています。
ここ数年は、難民問題や貧困問題など、より世界に共通する問題に焦点を当てた作品が、パルムドールを受賞するようになっています。
こうした中で、是枝監督の作品は、これまでは、家族を通して人の心の内側を丁寧に描いた作品でした。
そこには家族という普遍的なテーマが軸にあり、共感を呼んで高い評価を受けてきたわけですが、一方で、ベースとなるのは、日本人の血縁の話や、日本の家族観であるため、より広い問題提起をしている世界のライバル作品と比べると、パルムドールを競う上では、審査員の心をとらえきれなかったというのです。
しかし、今回の受賞作は、世界の先進国が共通して抱える「格差社会」のひずみを浮き彫りにしています。
この点が、わかりやすく、評価されたというわけです。
では、万引きの家族をテーマにしようと思ったきっかけは何だったのか。
是枝監督は、こう語っていました。
「2、3年くらい前に、亡くなった母親の死亡通知を出さずに残された家族が年金をもらい続けながら暮らしていたという事件があった」
年金の不正受給事件のニュースを見たということです。
このとき、その家族にどんな事情があったのか、興味を持ったのです。
当然、万引きは犯罪で、決して許されることではありません。
そのうえで、「今の日本社会で隅に追いやられたり、見過ごされたりしている家族をどうしたら可視化できるかを考えて撮影した」といいます。
この問題の根深さと、リアルな現代社会の一幕を浮き彫りにしたことで、高く評価されたというわけです。
もちろん、今回の受賞作よりも過去の是枝作品の方が良かったという声もあり、今回の受賞は、是枝監督のこれまでの業績を総合的に加味した結果だ、と分析する専門家もいます。
審査員長でハリウッド女優のケイト・ブランシェットさんは記者会見で、「最優秀賞にはすべての要素が欠かせない。難しい決断だったが是枝監督の作品は素晴らしい映画だった」と語りました。
また、別の審査員は「私たち全員が恋に落ちたと思う。多くの映画が印象的だったし、長い長い議論があったが、是枝監督の仕事には深さや洗練さがあり、それが映画の美しさにつながった」と語っています。
ライバル作品と接戦の末、総合評価で上回ったことがうかがえます。
こうして掴んだ21年ぶりの快挙。
私は、これから世界を目指す若いクリエーターにも、刺激を与えただけでなく、世界のトップに立つには、グローバルな視点の作品作りが欠かせないことを証明したことでも、大きな意義があると思います。
その作品作りのキーワードとして、受賞後に是枝監督が語ったコメントが印象的です。「対立している人と人、世界と世界を、映画はつなぐ力があると感じます」
ともすると、人間は、自分に理解できない行動に対して疑念を抱き、ときに攻撃的になることすらあります。
しかし、相手の立場にたって、違った側面から世界を見てみると、全く違った考え方が生まれるかもしれません。
今回の受賞作の場合、犯罪である万引きをテーマの1つにしつつも、同時に、映画を通して、貧困層を作り出している今の社会のどこに問題があるのか、あわせて考えるように投げかけています。
是枝監督は、物事を1つの方向からだけでない多面的な見方をするその手助けとなる「つなぐ力」が映画にはあると感じているのです。
この力は、映画の可能性を広げるだけでなく、私たち映画を見る側にとっても、世界を見る広い視野を得られることにつながります。
ついに世界の頂点にたった是枝監督が、今後、何をつなぎ、社会に問いかけるのか、多様な価値観が生まれ争いや対立が絶えない今の時代にこそ、そのメッセージが重みを増すことになります。