系統樹曼荼羅(Chain・Tree・Network)

■はじめに (Phylogeny Mandala)

 分類学がアリストテレス以来の伝統をもつ最も古い生物学の基盤的分野だったことは偶然ではない。「生物」というオブジェクトをヒトの観点から体系化することは、客体としてのオブジェクトの本質と属性を追究するというサイエンスの出発点だった。

 この基本的方向性はけっして生物学だけに限定されてはいない。歴史言語学や古典文献学においても、「言語」や「写本」の変異と変遷を究明する研究が生物学とは独立に進展してきた。「生物」「言語」「写本」という一見なんの関係も持たないオブジェクトの多様性と変化は別々の学問分野において研究されてきた(中尾・三中2012)。

 しかし、これらの分野をあらためて通分野的に鳥瞰することにより、われわれは「変異・変化するオブジェクト」を解明するための方法論が収斂的(しゅうれん・収束する)に共通の要素をもっていることに気づかされる。

 最も重要な共通要素は、いずれの分野も分類体系化のために「図像」を頻繁に用いてきたという歴史的事実である。つまり、分野を超えてわれわれはオブジェクトの多様性を直感的に理解し、他者とコミュニケートする目的で、系統樹・地図・ダイアグラムのようなさまざまな図像表現をしてきたということである。ここでいう図像は単なる「絵」ではなく、むしろオブジェクトについて理解するための「図形言語」であると認識しなければならない。

 文理の壁を越えて「図像」がオブジェクト世界の理解のための指針となるとき、われわれはその図形言語を読み解くためのリテラシーが必要になる。中世フランドルの画家ピーテル・ブリューゲルの寓意画を読み解くために当時の人生観や世界観に関する予備知識が必要なように、過去一千年以上にさかのぼる分類体系化のための図像群の解読にもまた相応のリテラシーが読み手に求められている

三中信宏


■図形言語の歴史と系統樹

 「系統樹」は人類が考案した凶形表現の中でも最も重要なアイテムである。印刷物の中のグラフ、地図、系続図や分岐図などは古代から中世を経て手写本、木版印刷、活版印刷と代々文化の中に引き継がれてきた。

 「グラフ」14世紀のシャトル派の僧ニコル・オレーム(Nicol eoresme) によって研究されたが、系統樹はグラフより遥かに長い歴史を持つのでその端緒を突き止めるのは難しいほど古い。進化論の中心人物ダーウィンも「ダイアグラム」を進化の説明に用いたこ「Diagram」はラテン語の「Diagramma一図形」を語源としている。

 19世紀中期以降ウイリアム・プレイファー(William Playfar)やナイチンゲール(Florence Nightingale)、ナポレオン軍の侵攻ダイアグラムを作成したジョセフ・ミナー・Charles Joseph Minard)らが申越したダイアグラムデザインを行ったことが近年世界的に再評価されている。

 モダンデザインの始まる20世紀初頭、ドイツのデザイン教育機関バウハウスはその教程の中で、聖イシドルス以降の古典的なダイアグラムを再評価し、新しいデザイン教育に取り入れている。

 同時期、オーストリアの哲学者オットー・ノイラートは19世紀末、統計図表で使用が始まった絵文字アイソタイプと命名し活用した。

 ドイツ人デザイナーのゲルト・アルンツと出会ってからは、アイソタイプを図形言語として洗練させ、完成度の高いダイアグラムを続々と世に送り出した。

 視覚表現技術が多様化し始める20世紀前半にはニューバウハウスのモホイ=ナジによって招聘されたジェルジ・ケペソシュが著した「視覚言語」によって、文字以外の絵画や映像を含む各種造形言語の役割や可能性が説明された

 バウハウスの流れを汲むウルム造形大学のヴィジュアル・コミュニケーション学科の客員教授を務めた杉浦康平氏(上図)がウルムへ行く3年前にデビジュアルデザイン(美術出版社、1961)の中で「視覚言語」に関して2ページに渡って持論を展開している。書き出しはこうだ「VisualLanguageが、一種の進歩的なVisual Designerの合言葉のように口にされている現在、それをもう一度・根源的な場で考えなおしてみることも決して無駄なことではなかろう。」‥たしかに、当時の「視覚言語」という言葉には人類の図形言語の最先端にあり、重要なキーワードであった‥その後、杉浦氏は日本において「時間地図」や「犬地図」等のヴイジュアライゼーションの先駆的かつラディカルなデザインを数多く制作した。

 1960代に入ると、世界の進歩的な学者や学生たちがフランスの構造主義思想の影響で、人間の活動の客観的かつ普遍的な構造を掛川そうとする試みに没頭したこ構造主義は当然、言語学はもとより記号学や固形言語も含んでいたこ杉浦氏がデザインした雑誌「エピステーメー」(朝日出版社)は60年代の構造主義から70年以降のポスト構造主義の国内における金字塔といえる

 パーソナルコンピュータが普及し始める1980年代になるとデジタル化の波によって知的イデオロギーの影は急速に薄れる。

 インターネットが世界を席巻する1990年代になると「Information Design(情報デザイン)」という言葉が登場する。米国の情報建築家リチャード・ソウル・ワーマン(Richard Saul Wurman)がインフォグラフィックスの開拓者ナイジェル・ホームズ(Nigel Homes)らと手を組んで作成したTED(第五郎のプログラムUNDER−STANDINGは記念碑的コンテンツだ。ワーマンはその後もヴィジュアルデザインと編集技術を駆使し、優れたコンテンツを多数生み出している。

 数年前から世界的に手描きの系統図関係の本が売れているようだが、このような社会現象は系統樹が今日なお有用な思考道具であることを示している。

 今、先端的なヴィジュアル・デザイナーの合言葉は、本書でも取り上げている「ヴイジュアライゼーション」という言葉だこ同時に「可視化」ということばもよく耳にする。最近の「ヴイジュアライゼーション」の動向は変化するネットワークの複数のエレメントを可視化するという機能的側面と、情報美学的な側面が表裏一体になっている。

 「系統樹曼荼羅」は副題「チェイン・ツリー・ネットワーク」の中でも、どちらかというとチェインとツリーに重点を置いている。

 昨今の世界的な系統樹ブームは、形優先のダイアグラムデザインにとって重要なソースとして期待されているからであろう。次の系統樹リテラシーを補足するための16のキーワードをまとめてみたので参考にしていただきたい。