健康格差社会

■命の不平等なくすために

 女性87・26歳、男性81・09歳。日本人の平均寿命は昨年もまた、過去最高を更新した。女性は5年、男性は6年連続だ。

 厚生労働省は、「健康意識の高まり」や「生活習慣の改善」を要因に挙げる。だが、その長寿国にも大きな落とし穴がひそむ。所得が低かったり、雇用が安定していなかったりする人は、そうでない人たちよりも病気になりやすく、寿命も短くなりがちだ。世界各地で見られる、そんな「健康格差」である。

 この現実から、目をそむけるわけにはいかない。

■貧困が生む悪循環

 麻生太郎副総理が昨秋、「先輩」の言葉を借りる形でこんな発言をした。「自分で飲み倒して、運動も全然しない人の医療費を、健康に努力している俺が払うのはあほらしい」

 念頭にあるのは糖尿病の患者とみられる。しかし、この病気を「自己責任」で片づけてしまうのは間違いだ。生まれつきの体質に加えて、その人の置かれた社会的・経済的な環境が大きく影響するからだ。

 全日本民主医療機関連合会(民医連)が2011年から12年にかけて、生活習慣が発症に大きくかかわる2型糖尿病の40歳以下の患者約800人を調べたところ、約6割が年収200万円未満の低所得者だった。正規雇用で働いている人は5割強にとどまった。

 厚労省が14年に実施した国民健康・栄養調査によると、年収200万円未満の世帯では、600万円以上の世帯に比べて、野菜や肉の摂取が少なく、肥満が多い傾向が認められた。

 少ないお金でおなかが満たされるご飯・めん類に食事が偏りがちで、日々の仕事や生活に追われて運動する余裕などない。そんな姿が浮かび上がる。

■影響は子どもたちに

 貧困がもたらす健康の不平等は、明日を支える子どもたちにも暗い影を落とす。東京都足立区が4年前から続けている、区立小学校に通う1年生を対象とする調査は、多くのことを考えさせる。生活困難をかかえる世帯の子は朝食を抜きがちで、虫歯や肥満が多い、運動習慣が少ないといった傾向にある。「わからないことを知るために質問することができる」「馬鹿にされたり悪口を言われたりしてもうまく対処できる」といった問いへの回答から算出する「逆境を乗り越える力」も、総じて低い。

 こうした家庭は親の帰宅時刻が遅く重い抑うつや不安を抱いているケースも多い。子を歯医者にすぐに連れて行けない理由を尋ねると、「お金がない」よりも「時間がない」が圧倒的に多かった。子に向き合わないのではない。向き合うだけの心身のゆとりがないのだ。そこを理解しないと、問題の解決は遠い。むろん国も目をつぶっているわけではない。

 13年に制定された「子どもの貧困対策法」は、「将来がその生まれ育った環境によって左右されることのない社会」の実現を基本理念にうたい、健康づくりの指針を定めた厚労省の「健康日本21」にも「健康格差の縮小」が盛りこまれている。

 にもかかわらず、取り組みは鈍いと言わざるを得ない。施策を考えていく土台となるデータも貧弱だ。まずは健康格差の実態を、国として急ぎ把握する必要がある。

■負の連鎖を断つには

 保険制度のあり方も絡んで、医療や介護をめぐる差異をなくすのは容易ではない。それでもせめて、子どもたちの間にも広がる格差を、少しでも是正・縮小できないものか。ここでも足立区の対応はひとつの参考になる。子どものころに身につけた生活習慣は、大人になってからの自らの健康を守るすべにもなるとして、早いうちの定着を促している。

 たとえば、肥満の予防につながるといわれる「ベジ・ファースト」(ひとくち目に野菜を食べる)を心がけさせる。正しい歯磨き方法を教え、法定の検診がない年齢の子どもの歯の状態もチェックする。生活困難の家庭か否かを問わず、すべての子を対象にした取り組みだ。

 一人ひとりの生活や習慣に、行政がどこまで介入すべきかという難しい問題はある。さりとて目の前の健康格差を放置し、負の連鎖に手をこまぬいていると、事態はさらに深刻になり、社会保障制度全体、ひいては国の土台を揺るがすことにもなりかねない。

 子どもの貧困対策法は、国、自治体に対策をつくって実施する責務を課したうえで、国民にも協力を求めている。

 この数年で各地に広がった子ども食堂の多くは、個人やNPOによって運営されている。生きていく基本である「食」を、身近な地域で支え、ふれ合いの場にもする。小さな点を面へ広げるこうした取り組みを、引き続き大切にしていきたい。