ゲノム編集、手法多様化

■ゲノム編集、手法多様化 進化する遺伝子操作、現場に革命

 ゲノム編集技術を使い、紙のキットで簡単にウイルスを検出できるようにした=MITとハーバード大ブロード研究所提供

 生物の遺伝情報を自在に改変できる「ゲノム編集」=キーワード。DNAを切断する従来の方法だけでなく、塩基を一つずつ書き換えたり、RNAを切断するのに使ったりと、その手法は多様化している病気の新たな治療法につながる可能性があるだけでなく、研究の進め方そのものを大きく変えつつある。

■「使い分けのログイン前の続き時代に」

 遺伝子を効率良く簡単に改変できるゲノム編集技術「CRISPR(クリスパー)/Cas(キャス)9」は、2012年の発表後、またたく間に普及した。微生物から植物、ヒトまで、あらゆる生物を対象に使うことができる。

 この技術は、DNA上の特定の塩基配列を認識して結合するガイド役のRNA分子と、はさみ役の酵素「Cas9」からなる。DNAを切断して配列の一部を削除したり挿入したりして「編集」を行う。

 ただ、狙い通りにいかずに塩基配列に異常が生じたり、細胞が傷ついたりすることがある。遺伝子の働きを失わせることは得意だが、新たな配列を挿入する効率が低いことも、治療への応用を進める上での課題となっている。

 そこで注目されているのが、DNAは切断せず、DNAを構成する塩基を一つずつ置き換える技術だ。

 Cas9を変化させてはさみの働きを止め、その代わりに塩基を置き換える働きを加えることで実現した。「A」「T」「C」「G」で表される4種類の塩基のうち、神戸大の西田敬二教授らは「C」から「T」に置き換える技術を開発。米ハーバード大などのグループは、「A」を「G」に変える技術を発表した。

 「たった一つの塩基の変異で起こる病気について、その治療法を開発できる可能性がある」と西田さんは期待する。

 もう一つ、注目されるのが、DNAではなく遺伝情報を1本鎖で担うRNA」を編集する新技術だ。

 米マサチューセッツ工科大(MIT)のフェン・ザン准教授のグループは、Cas9の仲間の酵素がRNAを切断する性質を利用。ジカウイルスなどのRNAが切断されると加えていた物質が光るような工夫をこらし、紙のキットで簡単に検出する手法を開発した。

 一連のゲノム編集技術は、遺伝子を操作するための「道具箱」にたとえられる。その道具の種類が、増えつつある状況だ。大阪大の鈴木啓一郎特命教授らは、塩基配列の挿入の効率を高くする方法を開発した。自治医大の花園豊教授らは、重症の免疫不全の治療法開発をめざし、この方法を使って動物実験を進めている

 大阪大の中田慎一郎教授らは、DNAの2本鎖のうち1本だけを切る酵素を利用して、塩基配列の異常を起こしにくいゲノム編集技術を開発した。中田さんは「将来は、目的によってゲノム編集技術を使い分ける時代が来るだろう」と話す。

■がん治療薬、研究加速

 ゲノム編集をめぐってはこれまで、作物の品種改良や遺伝子治療といった応用方法に注目が集まってきた。しかしいま、研究の進め方自体を大きく変え、研究現場に革命を起こし始めている。

 英ウエルカムトラスト・サンガー研究所の遊佐宏介グループリーダーらは、ゲノム編集の技術を応用して、がんの治療薬を効率よく探す手法を開発した。

 遊佐さんらは、ヒトの遺伝子のうち1万8千遺伝子について、ゲノム編集でそれぞれの働きを止めるためのガイド役のRNAのセットを開発遺伝子の働きを網羅的に調べられるようにした。

 白血病の細胞と正常な細胞で、一つ一つの遺伝子の働きを止める作業を進め、正常な細胞には影響せず、白血病の細胞の増殖だけを止める遺伝子を探した

 このように、がんの増殖に決定的な影響を及ぼす遺伝子を見つけ出し、製薬会社と共同で治療薬の開発を進めている。遊佐さんは「仮説を立てて一つ一つ検証するのではなく、網羅的に遺伝子の働きを調べることが可能になった。ゲノム編集技術のおかげで、研究のスピードアップが進んだ」と話している。