■盛り過ぎが止まらない
▶病的な虚言者は呼吸するようにウソを吐く
あなたの周りにもいませんか?「なぜそんな、すぐバレるウソをつくの?」という人。彼らは何を考えているのか、どう付き合えばいいのか。専門家に聞いた。
一度もウソをついたことはない、という人はいないだろう。「自分を守ろうとか、良く見せようとするためについウソをつくのは自然なこと。しかし度を過ぎれば病気です」
こう話すのは、『虚言癖、嘘つきは病気か』の著者で精神科医の林公一さんだ。では、どこからが病気なのか。「ウソについての医学的研究は驚くほど少ない。もともとそれぞれの時代の社会や文化、受け取り方などによって、病気か病気でないか境界が変わる。とても曖昧なものです」
▶虚言癖は病気なのか?
ありえない嘘をたくさんつくというのは病気なのだろうか。先に答えを言ってしまうと虚言は病気とは言えない。林氏は「虚言についての医学的研究は驚くほど少ない。虚言は精神医学の死角にある」とも話す。医学的に解明されていないと言うのが実情のようだ。
しかし、病気とは言えずとも、自分の価値を誇大的に評価し、他人からの賞賛を求める“自己愛性パーソナリティー障害”、自分が常に注目されていたい“演技性パーソナリティー障害”、対人関係、自己像、感情が不安定で見捨てられないかと不安になり、人への信頼や罵倒が極端になる“境界性パーソナリティー障害”、自分のことしか考えておらず法律や規則を破り、逮捕されるような行動を繰り返す“反社会的パーソナリティー障害”など、パーソナリティー障害の傾向が強い人が多いのも特徴と言える。
その上で林さんは、病的な嘘言の人に共通する特徴として「たくさんのウソをつく」「普通では考えられないようなりつく」の二つを挙げる。
▶ウソが肥大化していく
わかりやすい例が、「全学の天才作曲家」ともてはやされた佐村河内守氏だ。かつて公表していたプロフィルによれば、左耳に続き、35歳で右耳の聴覚も消失。盲目の少女との出会いをきっかけに、数々の名曲を完成させた。とされていた。しかし実際は「聴力は少し回復」(佐村河内氏)しており、自作とされた曲の数々も、第三者によるのだった。林さんは言う。
学歴や肩書を盛るのはよくあことですが、佐村河内氏のケースのように、ウソが肥大化し偽りの自伝まで発表するのは、異常と言わざるをえません。こうした病的な虚言者は家庭や職場でも少なくない。と林さんは言う。
40代半ばのある女性は、地方公務員の夫と、公立中学、高校に通う2人の子と暮らしている。プライドが高く、派遣社員として10年以上前から働いている大手メーカーの同僚たちに「有名私立大学を優秀な成績で卒業した」「職場での仕事ぶりを評価されて今の会社にスカウトされた」などと話していた。実際は高卒で特にスキルはない。「夫は部署のトップ」「子どもは成績優秀で有名進学校から授業料免除で入学してくれと言われてる」というのもすべてウソだった。
仕事では自分の失敗を「あの人がこうやれと言ったから」などとごまかし、取引先が自分以外の社員を褒めると「あの人は不倫をしている」「会社のお金をごまかしている」などとありもしないことを吹聴した。それが職場でバレて謹慎させられた時は、「職場でいじめられている」とウソをついたために、夫が会社に怒鳴り込む騒ぎになった。
一方、20代の女性が2年前に結婚した夫は30代のサラリーマン。だが、夫は初対面から「外科医だ」と言い続けてきた。「親の反対を押し切り絶縁して医学部に進んだ」「苦学し世界の『優秀成績者名簿』に掲載されている」など、まことしやかに話を作り上げるので、女性はつい最近まで信じていた。
心臓発作で亡くなったと言っていた父親は実は健在。さらに夫は自分自身ががんになつたと涙ながらに告白し、肺がんだったはずが尊丁丸のがん、脳腫瘍へと患部がク移動㌔抗がん剤治療を受けると出かけては、帰宅後に「副作用でつらい」とトイレで吐くフリまでした。子どもが生まれても夫のウソは収まらない。女性は子どもの教育に悪影響があり、そもそもウソだらけの夫と生活を続ける自信がなくなり、離婚を考えているという。
▶メリットなくてもつく
こうした病的な虚言者の場合、精神医学的にものの見方や考え方、行動などが平均とは著しく異なる「パーソナリティー障害」と診断できるケースもある。なかでも自分の価値を誇示して称賛を求める「自己愛性パーソナリティー障害」の傾向がある人は多く、異常にプライドが高い前出の40代女性もこれに当てはまる。
ほかにも、自分が常に注目されていたい「演技性パーソナリティー障害」や、感情や対人関係をコントロールできない「境界性パーソナリティー障害」、自分のことしか考えず、社会のルールを無視して犯罪も厭わない 「反社会性パーソナリティー障害」の傾向がある人もいる。
病状がより深刻と思われるタイプの一つが、「自分にメリットがないウソ」をつく人だ。
ある30代女性もその一人。仕事は普通にできるが、「小学校の6年間給食をハンストした」「電車の座席は汚いから座ったことがない」など、意図不明のウソを次々口にする。職場の同僚が「へぇ、すごいねぇ」などと調子を合わせるうちに、エスカレートしてしまったという。
「自分を守るとか見えを張るなどなら、理解もできます。しかし彼女の場合はメリットが何ない。周囲に否定されないまウソが生活必需品のようになてしまった可能性がある。常には理解し難い『不思議な人』と考えざるを得ません」(林さん)
▶虚言は放置せず指摘を
そしてもう一つ、病気の色合いが濃いのが、「ミュンヒハウゼン症候群」だ。古くから知られる精神疾患で、症状を偽ったり、針を飲んだりするなど、自らを傷つけてまで病気を装い、病院を受診する。最近では、自身の子どもに大量服薬させるなどして病気にし、同情を集める「代理ミュンヒハウゼン症候群」のニュースも報道されている。「ミュンヒハウゼン症候群のような特殊なものはごくわずかですが、病的なウソをつく人はたくさんいると考えられます。では、周囲はど、場や家庭で振り回さいいのだろうか。林さんは、まず社会には病的な虚言の・くさんいると認識するこlそしてウソを指摘するなど「はどめ」をかけることが大事という。
「小さい子どもは叱られればいけないことだと学んでいきます。大人も同じで、悪いことは悪いと言ってくれる人がいなければウソは増大し続けます」
とはいえ、余計な口出しはしないほうが無難、指摘したらトラブルになるのでは、と考えがちだ。林さんはこう続ける。嘘言を放置してモンスターに成長させてしまった時の被害は、予想以上に甚大なものになることが多い。それよりは、たとえ険悪な状況が発生しても歯止めをかけるべきです。これは、病気を放置して悪化させ手のほどこしようがなくなるよりは、つらい副作用があっても今治療すべきだというのと似ています」 (ライター・熊谷わこ)