これからの日本、これからの教育

■これからの日本、これからの教育

 前川喜平寺脇 研

 加計学園の獣医学部新設問題で揺れる安倍政権。この件で昨年5月、「総理のご意向」と書かれた文書をめぐって「あったものを、なかったことにはできない」と発言、一躍注目を集めたのが前文科事務次官の前川喜平氏だった。

『これからの日本、これからの教育』はその前川氏と、やはり元文科官僚で前川氏の先輩だった寺脇研氏の対談である。

 「いつのまにか何かが決まっていた」という印象が強い教育行政。が、その裏では常に政治家と官僚の攻防が繰り広げられていたことが本書を読むとよくわかる。
生涯学習、ゆとり教育、夜間中学などなど、話題は多岐にわたるが、ことに注意すべきは教育と市場原理主義の関係だろう。

 たとえば小泉内閣時代、義務教育費の国庫負担制度を廃止して税源を地方に移譲せよという声が出てきた。それだと自治体によって義務教育の質に差が出てしまう。それだけはさせじと三、四年の間、そればかりやっていました。この制度を残すのに、ものすごく苦労しました(前川)。

 教育行政に市場原理を導入する考え方は中曽根内閣下で発足した臨教審にはじまり、「教育の自由化」や「岩盤規制の突破」という名目で今日も続いている。

 加計学園問題もここに端を発している。獣医学部新設を決めた国家戦略特区諮問会議は市場原理主義の最たるもの。〈新自由主義者の方々が教育の分野で加計学園問題のような規制緩和を強く求めるのは、学習者のために教育があるなんて全く考えず、ただ経済効果だけを求めているからなんでしょうね〉(寺脇)。しかも〈役所同士の真剣な議論がなくなってきている感じなんですよね〉(前川)。

〈規制緩和関係の場合、内閣官房や内閣府の主導で、既定の方針を他の省庁に押しつけるケースがほとんど〉(前川)という中で新設が決まった獣医学部。首相のお友達案件というだけじゃない。〈市場原理主義者が政策に関与し続けているから、タチが悪い〉(寺脇)のだ。つまりこれは加計学園だけに限った話ではないのである。

■寺脇 研

 文部省・文部科学省在任中は、初等中等教育政策に深く関わったことから、教育に関する著作が数多い。また、在任時には「ミスター文部省」と呼ばれていた。

 そのため、「ゆとり教育」を中心としたこれら一連の政策への批判が高まるとともに、個人としても批判を受けることが多くなった。元産経新聞論説委員の高山正之からは、小尾乕雄・鳩山邦夫と並んで、日本の教育を崩壊させた張本人だと批判されている。

 2002年の文化庁への異動は、文部科学省が批判をかわすためであったが、文化庁への異動後も「ゆとり教育」肯定の立場から発言を続けた

2006年の文部科学省退官直前には、「今後も教育や文化について、民間の立場から取り組んでいく」と述べている。その後は「ゆとり教育」推進の立場からの発言や著作を続けた、2009年からはNPOカタリバが主宰する高校生支援・キャリア学習プログラム「カタリバ大学」の学長を務める。また2007年には、在日コリアンの子弟を主な対象とするインターナショナル・スクールコリア国際学園の設立準備委員に就任し、開校後は理事を務めている。ちなみにこの学校は、3ヶ国語の育成や大手進学塾との提携をしている。また、朝鮮学校の高等学校等就学支援金対象除外に反対する「無償化連絡会大阪」の賛同人も務めている。同年からは京都造形芸術大学でマンガ学科の教授に就任した。9月にはゆとり教育の見直しが進んでる状況に自身の現場経験から沈黙を破り異議を唱える本を出版した。

 2017年の文部科学省における再就職等規制違反という天下り問題では官僚を早期退職させる仕組みが原因だとして、
(1) 官庁が再就職に関与すること
(2) 本人が在職中に求職活動をすること
(3) 再就職した者が離職後2年間の期間に元勤務した官庁に働きかけをすること

 3点さえ守れば再就職は許すべきだとして、騒いでいる人は問題視しすぎとしている。さらに国立大学法人(従来の国立大学)への現役出向まで「天下り」として禁止すべきだと主張した自民党議員を国立大学法人を含む独立行政法人への現役出向は合法なのに感情的になっているとして批判した。

■前川喜平

 加計学園問題を巡り、2017年(平成29年)5月25日に記者会見を行い、加計学園による獣医学部新設の件で、内閣府から文科省に「私が在職中に専門教育課で作成されて受け取り、共有していた文書であり、確実に存在していたものだ」「私が発言をすることで文部科学省に混乱が生じることは大変申し訳ないが、あったものをなかったことにはできない」などと述べ、文部科学省で作成された文書であると主張した。

 国家戦略特区として今治市と加計学園が選定された経緯については、「結局押し切られたことについて事務次官だった私自身が負わねばならない責任は大きいと思っている」「極めて薄弱な根拠で規制緩和が行われた公平、公正であるべき行政の在り方がゆがめられたと思っている」などと発言し、国会の証人喚問を受けてこれらの内容を証言する意向を示した。

 文部科学省は当初、調査したが該当する文書の存在は確認できていないとしていたが、同年6月9日、1度目の調査結果が発表された後、複数の現役職員から文科省の幹部数人に対し、文書は省内のパソコンにある、といった報告があったものの、こうした証言は公表されず、事実上、放置されていたことが明らかとなり、再調査の結果、6月15日に官邸の最高レベルが言っている」「総理のご意向だ」などと言われたなどと記録された文書14点の存在を確認したことを公表した

 再調査結果の公表を受け、前川は6月23日に記者会見を開き、文科省について「一定の説明責任は果たし、隠蔽(いんぺい)のそしりから免れたのはうれしく思うと述べ、松野博一文科相も大変苦しいお立場なので、敬意を表したい」と述べた上で、「こうした文書が次々と出てくることで、国民の間で疑惑は深まっており、内閣府や首相官邸が様々な理由をつけて事実を認めようとしていないことは、不誠実であり、真相の解明から逃げようとしている」と発言した。

 前川の「行政がゆがめられた」との主張に対し、内閣官房長官の菅義偉は「まったく当たらない」と反論文部科学大臣の松野博一は「文科行政がゆがめられているという認識はない。適正な手続きで国家戦略特区が進められている」、総務大臣の高市早苗は「ゆがめられる恐れがあるなら、官僚のトップとして意見の食い違う他省と話し合うべきだ。理解できない発言だ」、地方創生担当大臣の山本幸三は「天下り問題を問われて辞めた方だ。文科省の信頼失墜の責任もあるのではないか」などと批判した。また、農林水産大臣の山本有二は前川の「農水省が獣医の将来需給を算出しなかった」との発言について「熱心に聞いていただいたかと(疑問に)思う。もっと真剣にやっていただきたかった」と非難した。

 文書の出所について、前川は6月23日の記者会見で「『総理のご意向』と書かれた文書は、前川さんが報道機関に流したのか」との質問を受け、「情報の流出元については私はコメントしない、ということでご理解いただくしかない。」と答えた。7月10日の参議院閉会中審査では平井卓也の「『総理のご意向』というような文書、これは前川さんが流出元ではないかと報道されているが、まさかそんなことはないと思う。そのことについてイエスかノーかでお答えください」との質問に対し、前川は「文書の提供者が誰であるかということについては、お答えを差し控えさせていただく」と述べた。

 7月24日の衆参予算委員会閉会中審査で、小野寺五典の質問に対し前川は内閣総理大臣補佐官の和泉洋人から9月9日に国家戦略特区の獣医学部新設について「文部科学省の対応を早く進めろ」という指示を受け、「総理は自分の口からいえないから代わりに私が言うんだ」という話があったと証言した。これに対し和泉は「一般論としてスピード感をもって取り組むことが大事だと言っただけなので、具体的なことについて、加計学園等には一切触れていない」と証言し、小野寺の再質問に前川は「その時点において獣医学部を作りたいという意向を持っていたのは学校法人は加計学園のみ」であったため、「加計学園しかない」という文科省内で存在していた「共通の理解」として「加計学園」という個別の指示であると受け止めたと発言した。小野寺が9月9日の時点で京都産業大学の獣医学部新設検討の件も存在していたことを指摘すると、前川は「京産大が意向があるということは確かにあったが、具体化したものはなかった。むしろその時点で具体的な計画として意識していたのはやはり今治市の加計学園しかなかった」「国家戦略特区における獣医学部の新設という話になれば、これはとりもなおさず加計学園のことだろうという認識はもっていた。従って、獣医学部の話だということはニアリーイコール加計学園のことだろうという認識はもっていたのは事実だ」と述べた。

 また、同日の審査で、前愛媛県知事の加戸守行が、審査前の取材時にテレビ局から見せられた前川のインタビュー映像において、前川が第1次安倍内閣のもと加戸が教育再生実行会議の委員になった理由を「あれは安倍首相が加戸さんに加計学園の獣医学部の設置を会議で発言してもらうために頼んだんですよ」と述べていたことについて、その場で記者に否定し「安倍首相が加戸氏に頼んだ」という部分は全国放送されなかったと主張した上で、「(前川氏は)安倍首相をたたくために、全国に流れるテレビの取材に応じた。私の取材ができていなければ、流れていたかもしれない」とし、「なぜ虚構の話をするのか。作り話をしなければならない彼の心情が理解できない」と前川を批判した。これについて、前川は「誤解だ。『総理に頼まれてその発言をした』と言った覚えはない」と述べている。教育再生実行会議の議事録によると、加戸は「加計学園」に関する言及は一度も行っていない。